河合優実主演、朝ドラ『ほんのモキチ』ヒロインモデル・斎藤輝子──夫・茂吉との愛憎と波乱の生涯
令和10年(2028年)前期の朝ドラ118作目は「ほんのモキチ」に決まりました。
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「ほんのモキチ」ヒロインの杜(もり)テル子を演じるのは河合優実さん。そのモデルは斎藤輝子(さいとう てるこ)。歌人として有名な斎藤茂吉(もきち)の妻です。
今回は彼女の生涯をたどり、朝ドラ「ほんのモキチ」を予習しましょう。
※朝ドラ「風、薫る」放送終了後の令和8年(2026年)後期の朝ドラは、「ブラッサム」が放送されます。
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生まれてすぐ茂吉と出会う
斎藤輝子は明治28年(1895年)12月11日に斎藤紀一(きいち)・斎藤ひさ夫婦の次女として、東京浅草東三筋町(東京都台東区)で誕生しました。戸籍上の正式名は「てる子」でしたが、当人は気に入っていたのか輝子を多用しています。
父の紀一は大病院を経営しており、自宅には乳母や女中だけでなく下働きの書生たちを抱えるほど裕福な家庭環境で、輝子は何不自由することなく育ちました。
そんな斎藤家は姉の斎藤いく子が3歳で亡くなってしまったため、輝子が継ぐことになります。
輝子が将来夫となる茂吉と出会ったのは明治29年(1896年)、当時14歳だった茂吉が斎藤家に寄寓したのがキッカケでした。当時の輝子はまだ0歳です。
やがて輝子が9歳となった明治38年(1905年)に茂吉と内縁関係になり、正式に結婚したのは大正3年(1914年)4月のことでした。
この間に輝子は皇族や華族出身者が通う女子学習院(東京都新宿区)を卒業しており、クラスメイトには近衛千代子(近衛文麿妻)や徳川千枝子(徳川好敏妻)、二荒擴子(ふたら ひろこ。擴子女王)などがいます。
かくして結婚した輝子と茂吉ですが、新婚当時から不仲だったそうです。当人たちの合意よりも、父親の意向による、いわば政略結婚だったのでしょう。
それでも大正5年(1916年)に長男の斎藤茂太(しげた)をはじめ、大正14年(1925年)に長女の斎藤百子(ももこ)、昭和2年(1927年)に次男の斎藤宗吉(そうきち。北杜夫)、昭和4年(1929年)に次女の斎藤晶子(昌子とも)と四子を出産しています。
やがて茂吉が仕事で単身赴任するようになると、輝子も現地に呼ばれたり、あるいは喧嘩別れで東京に戻ったりを繰り返しました。何をやってるんでしょうね。


