「妾5人と同居」勝海舟の妻・たみの壮絶生涯|瀧内公美が『逆賊の幕臣』で演じる賢妻が抱いた“深い恨み”
勝海舟(勝安芳)と言えば、幕末維新で活躍した英雄として有名ですね。しかしその活躍は、決して彼一人で成し遂げたものではありませんでした。
今回は勝海舟の活躍を支え続けた勝民子(かつ たみこ)を紹介。果たして彼女はどんな女性で、どんな生涯をたどったのでしょうか。
この記事が令和9年(2027年)NHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」を楽しむ参考になれば嬉しいです。
貧乏だけど幸せだった二人の時代
勝民子は江戸時代後期の文政4年(1821年)2月13日に砥目屋(とのめや)の娘として誕生しました。実家は薪や炭を商うと共に質屋も営んでいたそうで、相応に裕福だったと考えられます。
それがどういう訳か深川芸者となったと言われ(実家が没落?)、やがて勝海舟と結婚しました。遊びの場において知り合い、関係を深めたのでしょう。
結婚当初は「貧乏だけど幸せだった」と語っており、二人の間には二女二男を授かりました。
- 長女・内田夢(ゆめ):弘化3年(1846年)生まれ、後に内田誠故(まさもと)と結婚
- 次女・疋田孝子(ひきだ たかこ):嘉永2年(1849年)生まれ、後に疋田正善と結婚
- 長男・勝小鹿(ころく):嘉永5年(1852年)生まれ、後に海軍少佐
- 次男・勝四郎(しろう):安政元年(1854年)生まれ、13歳で夭折
そんな勝家がどのくらい貧乏だったかと言えば、煮炊きのために使う薪が買えないので、屋根板を一部剥がして使ったほどです。
雨が降ったら困りますが、勝海舟は笑って「寝ながら星が見えるなんて贅沢だ」などと嘯いたとか。とまぁ貧乏でも不便でも、笑って暮らせば大抵の暮らしはどうにかなるものです。実に大らかなものでした。
が、ご存じの通り勝海舟がどんどん立身出世していくと、何とも様子が変わってしまいます。そう、勝海舟が裕福に任せてどんどん妾を作り始めたのです。
