「妾5人と同居」勝海舟の妻・たみの壮絶生涯|瀧内公美が『逆賊の幕臣』で演じる賢妻が抱いた“深い恨み”:3ページ目
深い恨み
しかし当の民子は、無節操に妾を自宅に連れ込んで同居させる勝海舟に対して、深い恨みを抱いていました。
民子は明治38年(1905年)5月23日に85歳で世を去りますが、死の直前に「勝のそばに埋めてくださるな。わたしは小鹿のそばがいい」と遺言したそうです。
これまで日本のためと思い、勝海舟を好き放題させてその活躍を支えてきたが、もうこんなヤツと連れ添うのは一切ごめんだ。そんな思いを吐き出したのでしょう。
長女の夢と次女の孝子はとうに嫁ぎ、次男の四郎と長男の小鹿はすでに先立っていました。
しかし勝家を継いだ勝精(くわし。小鹿の婿養子)は民子の遺言を聞き入れず、自分の一存によって民子を勝海舟の隣に葬ったそうです。
その後に精が祟られたという話も聞かないので、もしかしたら民子は、あの世でも不承不承に勝海舟と連れ添っているのかもしれませんね。
終わりに
夫に負けない胆力を持つ賢夫人、勝家のゴッドマザー
勝海舟の妻 たみ
瀧内公美(たきうち・くみ)<役紹介>
江戸神田の商家の娘として生まれるが、深川で芸者をしていた頃に勝と出会って結婚。無役(むやく)で貧乏暮らしの勝を賢妻として支える。同じ帯を何年も使い、家屋の板を薪代わりに割って煮炊きするような暮らしにもめげないたくましい女性。出世後、男のみならず女にもモテた勝には愛人が大勢いたが、たみは江戸の屋敷で彼女らとともに暮らし、どの子供も分け隔てなく育てる。勝を慕う人々を大事にするたみは、勝家をおおらかに取り仕切るゴッドマザーのような存在になっていく。※NHK公式サイトより。
今回は勝海舟の妻・勝民子について、その生涯をたどってきました。勝海舟に深い恨みを抱きながら、活躍を支え続けた胆力は只者ではありませんね。
果たして大河ドラマ「逆賊の幕臣」では、どのような「たみ」が演じられるのか、楽しみに見守りましょう。
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※参考文献:
- 石井孝『人物叢書 新装版 勝海舟』吉川弘文館、1986年1月
- 松浦玲『勝海舟』筑摩書房、2010年2月




