【豊臣兄弟!】本能寺で信長に一番槍!森蘭丸を討ち取った武将・安田作兵衛の壮絶な生涯:4ページ目
終わりに
- 生没:天文13年(1541年)生~慶長2年(1597年)または慶長3年(1598年)没
- 出身:美濃国安田村(岐阜県海津市)
- 両親:山岸勘ヶ由左衛門貞秀/寺沢広正女
- 養家:安田利国
- 改名:岩福・乙千代→安田作兵衛国継→天野源右衛門→平野源右衛門
- 主君:明智光秀→羽柴秀勝→羽柴秀長→蒲生氏郷→立花宗茂→寺沢広高
- 異名:明智の三羽烏(ほか古川兼友・箕浦豊茂)
- 所領:1万石(近江国高島郡田中・滋賀県高島市)
- 子孫:安田光慶(子)・天野作兵衛貞能(孫)
- 死因:自害(信長の祟り?光秀に殉死?)
今回は本能寺の変で活躍した安田作兵衛こと安田国継について、その生涯をたどってきました。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では割愛されてしまいましたが、森蘭丸との一騎討なども観てみたかったですね。
法名は善要智仙人禅定門(ぜんようちせんにんぜんじょうもん)、墓所は浄泰寺(佐賀県唐津市)にあり、今は安らかに眠っています。
※関連記事:
『豊臣兄弟!』に登場し一瞬で切腹!部下の命と引き換えに散った名将・清水宗治の“辞世の句”とその最期
大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?第28回放送「急げ!秀吉」で初登場したかと思いきや、いきなり切腹してしまった清水宗治(しみず むねはる)。それまでも何度か名前だけ言及されてい…
【豊臣兄弟!】「上様の気持ちがわかった」…明智光秀(要潤) が『本能寺の変』で犯した最大の誤算とは
天正(1582)年6月2日の昼過ぎ頃。黒煙がくすぶる本能寺の焼け跡で、座して手を合わせ黙祷を捧げる明智光秀(要潤)。その後、吹っ切ったように立ち上がり「早急に織田信長の首級を見つけ出せ」と斎藤…
『豊臣兄弟!』与一郎の退場は近い?信長の首級はどこへ?信澄の謀反は本当?7つの史実で第28回を読み解く
炎上する本能寺を茫然と見届けた小一郎(仲野太賀)は、遊女屋に潜伏しながら各勢力へ根回しの書状を送り、明智光秀(要潤)の野望を阻止すべく策を巡らせていました。そのころ信長(小栗旬)の死を認めたく…
※参考文献:
- 川口素生『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』PHP研究所、2005年8月
- 高柳光寿ら『増訂 戦国人名辞典』吉川弘文館、1973年7月



