『べらぼう』二人の固い絆が切れた──歌麿にとっての”招かれざる客”は愛する蔦重だった…【前編】:3ページ目
「もっと自分と向き合ってほしい」という願い
大量の絵の発注をしに、歌麿の家を訪れる蔦重。「俺一人では無理」と怒る歌麿に、「この際、弟子に描かせてはどうだ?」と言います。弟子にあらかた描いてもらい直すところは直し、名前だけいれれば立派な歌麿の作品だ。と。
これは、こだわりの強い歌麿にとっては言われたくない言葉だったでしょう。かなり険しい表情になります。
歌麿は、長年の付き合いの絵師・北尾重政(橋本淳)に「弟子に描かせることはどう思うか?」と相談しました。重政先生は、多くの弟子を育ててきているだけあり「昔、発注が多くて手が回らないときは頼んでいたよ。そのほうがあいつらも喜ぶしな」と、自分の経験を話します。
実際に、本屋の息子に生まれ数多くの弟子の面倒を見てきた重政なだけに、歌麿のアーティストとしてのこだわりもわかるが、蔦重が売り手として「今が売り時!無理を承知で大量に売って、耕書堂の名前と絵師・歌麿の名前を江戸中に広めたい」と考える気持ちも理解できるのでしょう。
すれ違う蔦重の思いと歌麿の思い
重政先生の言葉を聞いて“自分は身勝手なんですよね。一点一点を心を込めて大切に描きたい” “蔦重…本屋にもっと自分と向き合ってほしい”と言う歌麿。
尊敬していた師匠・鳥山石燕(片岡鶴太郎)が亡くなり、妻・きよ(藤間爽子)が亡くなり、頼れる存在だったつよが亡くなり、また一人に戻ってしまった寂しさ。そして、二人で「きれいな作品を残したい」が夢なのに、大量に売ることばかりに夢中になり、作品を(自分のことも)大切にしなくなった蔦重に、寂しさも感じたでしょう。
けれども、歌麿の描いた美人画が売れ、そのおかげでモデルの看板娘がいる店が儲かり、江戸に経済の活気が戻る兆しがでてきたのも事実。
自害した恋川春町(岡山天音)の思い、若い頃から支えてくれた須原屋市兵衛(里見浩太朗)の「もう一度、田沼様のときのような活気ある江戸が見たい」という思い、不景気で衰退していく吉原を救いたいという思い……蔦重も、さまざまなものを背負っているのです。
それは決して、「自分の手柄にしたい!」「自分が儲けたい!」だけではありません。
けれども、「世にため人のため!この思いを叶えなければ」という焦りがあると、リミッターが外れてしまうのが蔦重。もともと、人の思いに鈍感ですが、「俺が頑張らねば!」と暴走して失敗するようなところがあるのでハラハラしますね。すれ違っていく蔦重と歌麿の思い。
【後編】では、さらに歌麿を追い詰めていく「招かれざる客」を、考察します。
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