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「空海はまだ生きている」全方位で才能爆発!日本で最もぶっ飛んだ僧侶――弘法大師・空海の伝説の数々

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宗教者としてだけではない、空海の多面的な才能

帰国後、空海は京都の東寺を下賜され、真言密教の拠点を築きます。また、紀伊の高野山を修行の場として整備し、後に日本仏教の大きな柱となる道場へと育てていきます。

一方で、空海は実務的な才能にも秀でていました。故郷の香川県にある「満濃池」の修復事業では、土木技術者としての顔を見せます。また、日本初の庶民教育機関「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」を創設し、身分を問わず学べる場を開いたことでも知られています。

書・語学・思想――空海の広すぎる知性

空海は、書道の達人として「三筆(さんぴつ)」のひとりに数えられています。とくに『風信帖(ふうしんじょう)』は、書としても史料としても高く評価され、現在は国宝として東寺に所蔵されています。

さらに、空海は語学にも非常に優れていました。唐では中国語だけでなく、サンスクリット語をも自在に操り、通訳を介さずに師・恵果と会話したと伝えられています。その語学力と吸収力が、短期間での密教習得を可能にしたのでしょう。

今も“生きている”とされる空海

835年、空海は62歳で「入定(にゅうじょう)」します。これは、瞑想に入ったまま死を迎えるという仏教的な概念ですが、真言宗では「空海は今も高野山奥之院で瞑想を続けている」と信じられています。

実際、現在も朝夕2回の食事が供えられ、半年ごとに衣替えも行われているというのです。
そして空海は、「56億7千万年後に弥勒菩薩とともに人々を救うために再び現れる」と語ったと伝えられています。

3ページ目 全国に息づく空海の伝説

 

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