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大河ドラマ「どうする家康」史実をもとにライター角田晶生が振り返る 武田の残党を皆殺し…苛烈な信長に対し、家康はいかに甲州人の心をつかんだか【どうする家康】

武田の残党を皆殺し…苛烈な信長に対し、家康はいかに甲州人の心をつかんだか【どうする家康】:2ページ目

一方、家康の態度は

……   君は勝頼の首を白木の臺にのせ上段に直され。厚く禮をほどこし給ひ。今日かゝる姿にて対面せんとはおもひよらざりしを。若気にて数代の家国を失はれし事の笑止さよとて御涙をうかめ給へば。甲斐の国人どもかくと聞傳て。はやこの君ならずばとなづきしたひ奉る。……

※『東照宮御実紀』巻三 天正十年「実検勝頼父子首」

「あぁ、勝頼殿。何というお姿に……」

梟された勝頼の首級を前に、徳川家康(演:松本潤)は涙します。

「若気の至りで代々の名門を滅ぼし、人々に笑われようとは、思いもよらぬこと」

今となっては悔やんでも始まらぬ。家康はせめてもの情けとばかり、勝頼の首級を上段に直し、礼を施したのでした。

後にこれを聞いた甲斐国の領民たちは「新しい領主様は、織田様よりも徳川様の方がいいな」などと噂したということです。

終わりに

……信長は武田の舊臣ども上下のわかちなく。一々さがし出して誅せらる。君はかの者共生残りて餓死せんもいとおしき事とあはれみ給ひ。甲信の間に名を得たる者をば。悉く駿遠の地にまねきはごくませられ。又勝頼父子はじめその最期まで附従ひつる男女のなきがら共。田野の草村に算を乱して鳥獣の啄にまかせたるを。武田が世々の菩提所恵林寺も。織田家をはゞかりてとりおさめんともせず。   君さすがにさるものゝ骸を露霜にさらさんは情なきに似たりとて。田野より四里へだゝりし中山の広厳院といふ山寺の僧に仰せて。その屍ども懇に葬らしめ。其所に一寺をいとなみ天童山景徳院とて寺料までよせ給ふ。これを見聞する遠近のもの。織田殿の暴政とは天淵の遠かなとて感じ仰がざる者なかりしとぞ。……

※『東照宮御実紀』巻三 天正十年「家康収攬甲州人心」

その後も、武田の残党を片っ端から殺しまくった信長。

これに対して、家康は彼らを密かに保護し、人々から厚く慕われました。

家康にとって最大の強敵でありながら、最高の師でもあった武田信玄。その信玄を支えた勇猛な家臣たちを多く召抱えたことが、家康の天下取りを支える一翼となったのです。

果たしてNHK大河ドラマ「どうする家康」では、勝頼の首級がどのように扱われるのか、今から注目しています。

出来ることなら、ブン投げないで欲しいですね。

※参考文献:

  • 『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション
 

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