春日局(かすがのつぼね。斎藤福)と言えば、徳川家光(とくがわ いえみつ。幼名:竹千代)の乳母として、家光を将軍位に就けるために奔走したことで知られています。
あまりの気丈さに夫の浮気相手を殺したり、押し入った強盗を返り討ちにしたり……これらは伝承の域を出ないものの「彼女ならばやりかねない」という人々の想いが生み出したのは間違いないでしょう。
そんな彼女の刃は、徳川家康(とくがわ いえやす)のブレーンとして活躍した南光坊天海(なんこうぼう てんかい)にも向けられたのでした。
懐剣を抜き突き殺し申すべく……
一一八 南光坊へ春日局見舞ひ、人を退け、直談にて、懐剣を抜き突き殺し申すべくと仕られ候に付、様子を尋ねられ候處、「當時天下の事、御手前思召の儘に相成り候。然るに竹千代様を差し置き、国松様へ御代を御譲り候様取り成され候儀、不屈千万に候。即ち差し(原文ママ)殺し申す」由に付、「全く存ぜざる事に候。随分心遣ひ仕るべき」由にて、家康公へ御内意申し上げられ候由。
※『葉隠』巻第十より
【意訳】ある日、春日局が南光坊天海を見舞いに行った。「他人に洩れては困るから」と人払いをさせた春日局は、懐中の短刀を抜いて天海に襲いかかった。
「これは一体何ゆえか」天海が尋ねると、春日局は「近ごろ天下のことは何でも御手前の思い通りになっておる。そんな御手前が竹千代様をさしおいて、弟の国松(徳川忠長)様に将軍位を譲られるよう、大御所(家康)様へ進言したというではないか。不届き千万ならば、今ここで刺し殺してくれるわ!」とのこと。