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奢れる平家に見事リベンジ!以仁王の挙兵で主君の雪辱を果たした渡辺競のエピソード

奢れる平家に見事リベンジ!以仁王の挙兵で主君の雪辱を果たした渡辺競のエピソード

主君の怨みを倍返し!「……今は平宗盛入道」

「競が宗盛の馬を見事に盗み出したぞ!」

平素の虚言は恥ですが、戦場で敵を欺くは知略というもの……頼政の挙兵に遅刻したのも、宗盛の元に徒歩で駆けつけ、南鐐を借り受けた(騙し取った)のも、すべて競の策でした。

「さぁて……素敵な毛並みのお馬ちゃんには悪いが……恨むならご主人にしろよ?」

競は南鐐の鬣(たてがみ)と尻尾の毛をすべて剃ってしまい、焼き鏝(ごて)で馬躰にこんな文言を焼きつけました。

【原文】「昔は何両(南鐐)、今は平宗盛入道

※『平家物語』四・競

鬣と尻尾の毛を剃って「出家」に見立てた訳ですが、出家は純粋な仏道への帰依以外にも「敗戦の謝罪」「引退・隠居」と言ったニュアンスも持っていたため、仲綱に対する侮辱の「倍返し」としたのでした。

ちょっとかわいそう過ぎますが、ともあれ南鐐は宗盛の元へ戻されます。

「……おのれ競め!かくなる上は八つ裂きにしてやるから、あやつだけは何が何でも生け捕りとせよ!」

見るも無残な南鐐の姿に怒り狂った宗盛は、郎党らに競の生け捕りを命じ、やがて戦闘が始まります。

当初から劣勢だった頼政軍はどうにか以仁王だけでも逃がそうと決死の覚悟で戦い抜き、競は宇治平等院で散々に暴れ回った末に自害したとも、伊賀国島ヶ原(現:三重県北西部)に落ち延びたとも言われます。

「うぬが意のままにはならんわい……ざまぁ見さらせ!」

宗盛の因果応報に、競の磊落な高笑いが聞こえて来そうなエピソードです。余談ながら、その後も南鐐の鬣と尻尾の毛は伸びなかったと言われています。

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