砂糖はいつから日本にある?伝来の歴史から南蛮菓子、長崎シュガーロードと江戸の国産化まで【前編】:2ページ目
黒砂糖づくりに挑んだ人々と、知られざる「光と影」
そんな輸入頼みの状況を大きく動かしたのが、サトウキビの栽培と、自前で砂糖を作る技術の獲得でした。琉球王国では1623年、儀間真常(ぎましんじょう)という人物を中国の福建へ人を送り込み、命がけで製糖の技術を学ばせたと伝えられています。ここから黒砂糖づくりが本格化し、やがて琉球の経済を支える大きな産業へと育っていきました。
サトウキビの搾り汁をそのままぐつぐつと煮詰めて作る黒砂糖は、ミネラルや糖蜜をまるごと含んでいて、独特の深いコクと香りを放ちます。白砂糖にはないその力強い風味は、今も沖縄や奄美の暮らしや食卓にしっかりと息づいています。
ただ、この黒砂糖の歴史は、単なる「ふるさとの名産品が生まれた物語」だけでは終わりません。1609年に薩摩藩が琉球へ攻め入ったあと、奄美諸島は薩摩の厳しい支配下に置かれ、黒砂糖は藩の財政を潤すための重要な換金作物となりました。
砂糖づくりを巡る支配は、島で暮らす人々にときに過酷な重荷を背負わせる結果にもなったのです。いま私たちが美味しく味わっている黒砂糖の背景には、技術を懸命に育て上げた人々の営みと、その甘みから富を得ようとした権力の影という、光と影の歴史が刻まれています。
3ページ目 幕府の国産化プロジェクト始動!至高の「和三盆」誕生とシュガーロードへ
