超危険なギャンブル?『逃げ若』や『風、薫る』にも登場した「すごろく」が中世日本を熱狂させた理由:3ページ目
江戸から明治へ〜朝ドラ「風、薫る」に登場する「人生を描く双六」〜
時代が下ると、「双六」の主役が変わっていきます。
江戸時代には、紙に描かれたマスを賽の目などに従って進む「絵双六」が広く普及しました。
その種類は道中双六、役者双六、出世双六など題材は実に多彩です。盤上で駒を争わせる双六とは別に、紙の上で旅や人生をたどる文化が発達していきました。
そして明治時代になると、絵双六は娯楽だけでなく、教育や広告、新しい社会像を伝えるメディアとしても利用されるようになりました。
朝ドラ「風、薫る」に登場した「新双六淑女鑑」は、まさにその好例です。
東京学芸大学附属図書館が所蔵する実在の絵双六で、明治19(1886)年刊のもの。
原点の「無心の女児」から始まり、最終的に「当世の淑女」へ出世していく姿を描いた飛び双六です。
双六の歴史は、大きく変わっています。
白河法皇の時代、双六は「思いどおりにならない賽」の象徴でした。中世には賭けの勝敗を左右する遊戯となり、江戸・明治になると、今度は「どんな人生が理想なのか」を紙の上に描くようになります。
「風、薫る」が描くのは、看護という新しい世界へ踏み出していく女性たちです。その物語の中に、女性の人生の「上がり」を提示する双六が置かれているのは、まさに時代を象徴する演出といえるでしょう。
双六を見れば、日本人の「人生観」が見えてくる
双六の歴史と辿ると、単なるギャンブルや遊びの歴史では終わりません。
古代には禁止されるほど人々を熱中させ、平安期には「権力者にも支配できない運」の象徴となり、中世には賭博文化の一角を占めました。
そして江戸・明治には、旅や出世、男女の理想像やまで描き込むメディアへと姿を変えていきます。
同じ「双六」という言葉で呼ばれながら、そこにはまったく異なる時代の文化が隠れています。
それでも共通しているものがあります。
賽を振るまで、次にどこへ進むかは分からない。
白河法皇ですら思いどおりにできなかったその偶然性こそ、千年以上にわたって双六が日本人を惹きつけ続けた理由なのかもしれません。
※参考文献・参考サイト
- 「日本の暦―大小暦クイズ 第2問(双六)解答」国立国会図書館
- 「木画紫檀双六局」正倉院HP
- 「双六」玉川大学HP
- 「中世のサイコロ」宇佐市HP
- 「本の万華鏡 第12回 紙の上の旅・人・風俗―江戸の双六―」国立国会図書館
- 「平成16年度 所蔵資料展 新双六淑女鑑」東京学芸大学附属図書館
