『豊臣兄弟!』後半の鍵を握る「浅井三姉妹」茶々・初・江——秀吉に翻弄された波乱の生涯:5ページ目
徳川の勝利でやっと穏やかな人生に
徳川秀忠に嫁いで3年後に秀吉が亡くなり、『関ヶ原の戦い』が勃発、徳川軍が勝利を収めて一気に勢力を拡大させました。
江もようやく江戸城の女主人となり、2男5女の合計7人の子に恵まれました。
嫡子の徳川家光はのちに江戸幕府三代将軍となりますが、徳川将軍の生母となった正室は江だけです。
家光が生まれたことで江もやっと落ち着いた人生を手に入れました。そして、寛永3年(1626)江戸城西の丸にて息を引き取ります。享年54でした。
江は、自分が死んだらすぐ火葬にするように申し伝えていたとか。家族が集まる前に自分の遺体が腐敗するのを恐れ見せたくなかったといいます。
江にはいくつか逸話が残っています。
・病弱で容姿もすぐれない家光より、容姿端麗な次男・忠長を可愛がり、家光は自殺未遂まで追い込まれた
・家光の乳母・春日の局はそんな江を嫌っていた
・夫の側室は許さなかった
など、穏やかではない逸話です。
お市は江だけに「浅井家と織田家の血を絶やさぬよう」という遺言を残したそう。
江は必死にそれを守って生きようとし、周囲から反感を買いがちだったのかもしれません。
豊臣秀勝との娘の完子は公家の九条忠栄に嫁ぎ、4男3女に恵まれます。その次男・道房の家系は、大正天皇の妻となった貞明皇后へと続くことになったのでした。
最後に……
知勇に優れ子煩悩だった父・長政と美しく聡明だった母・お市。
仲睦まじい両親の間に生まれた浅井三姉妹は、父が亡くなるまでは幸せな幼少期を過ごしていたのでしょう。
父の死後は三者三様に激動の人生を送りました。そのいずれにも関わり彼女たちの人生に大きな影響を与えたのが秀吉です。
「豊臣兄弟!」では、三姉妹と秀吉がどのように関わって描かれていくのか、楽しみですね。
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参考:
浅井三代記 近藤瓶城 編纂
言経卿記 山科言継
浅井三姉妹の真実 小和田哲男(著)
小和田哲男『戦国三姉妹物語』/『戦国三姉妹 茶々・初・江の数奇な生涯』(角川選書)


