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『豊臣兄弟!』与一郎の退場は近い?信長の首級はどこへ?信澄の謀反は本当?7つの史実で第28回を読み解く

『豊臣兄弟!』与一郎の退場は近い?信長の首級はどこへ?信澄の謀反は本当?7つの史実で第28回を読み解く:4ページ目

一世一代の大勝負だった「中国大返し」!

じゃあ実際の中国大返しはどうだったの?と言えば、それはもう乾坤一擲の大博打でした。

他の宿老たちもそうであったように、光秀の謀叛によって誰もが疑心暗鬼に陥っているのです。誰が信用できるか?裏切り者か?もはや誰にもわかりません。

そんな中、日ごろ屈従を強いられていた反織田勢力が、ここぞとばかりに謀叛や一揆を起こしています。

例えば甲斐国(山梨県)を任されていた河尻秀隆(かわじり ひでたか)などは、国人衆の襲撃を受けて殺されてしまいました。一国の主であっても追い詰められるほどの極限状態ですから、軽々には動けません。

しかし秀吉は動きました。もし信長の死が誤報であったら、戦線放棄の罪を問われたことでしょう。

本作では割愛された、黒田官兵衛(倉悠貴)の「これ(信長の死)で殿のご運が開けましたな」という有名なセリフどおり、秀吉は「中国大返し」にすべてを賭けたのです。

信長が死ぬことなど、事前に予見できる者は誰もいません(だからこそ本能寺の秀吉黒幕説が提唱されるのですが)。何の準備もない中で、とにかく秀吉はひた駆けました。

実際には「大軍が通るため事前に整備された街道を、通常の行軍ペースで京都へ戻っただけ」との説もありますが、そこは狡猾な秀吉のこと。自分が疾風迅雷・電光石火の早業で舞い戻る奇跡を起こしたかの如く喧伝したものと思われます。

ひたすらに未来の野望をつかみ取るべく、死に物狂いで京都を目指した気魄こそ、秀吉一世一代の大勝負「中国大返し」における魅せ場と言えるでしょう。

第29回放送「天下への道」

織田信孝(結木滉星)から明智討伐の差配を任された秀吉(池松壮亮)。焦らず敵を追い詰め、光秀(要潤)を生け捕りにすべきと考えるが、信長を失った織田勢の足並みはそろわず、逸った高山右近(市川知宏)らが敵陣に攻め入る。小一郎(仲野太賀)は初陣の与一郎(大西利空)を残し、自身は援軍として戦場へ。だが与一郎は、刺客から信孝を守って負傷してしまう。一方、小一郎は秀吉に、どうしても光秀と話したいと頼まれ…。

※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。

次週はいよいよ山崎の合戦。天下分け目の天王山を制するのは、果たして光秀と秀吉のどちらでしょうか。

ここで先ほど言及した与一郎の退場が描かれるようです。そして敵将と羽柴兄弟が最後の対面を果たし、秀吉は光秀とどんな話をするのでしょうか。

信長という巨大なカリスマを喪った後に天下人への道を踏み出した秀吉。その背中を追い駆け続ける小一郎の活躍に、これからも目が離せませんね!

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