『豊臣兄弟!』逃げた夫のせいで処刑…荒木村重の妻・だし(山谷花純)、信長の怒りに葬られた悲劇の生涯:5ページ目
だしの辞世の句に裏切り者の夫への本音が
だしの辞世の句があります。
「残しおく そのみどり子の 心こそ 思ひやられて 悲しかりけり」
みどり子とは3歳くらいまでの子のこと。子は乳母が連れて逃げたそう。その幼子を、「残していく子のことを思うと哀れで悲しい」という切実な母の心情が悲しい。
「磨くべき 心の月の 曇らねば 光とともに 西へこそ行け」
「私は、自分の心が曇るような恥ずべきことは何一つしていない。だから、輝く光とともに西方浄土へ行く」屈辱的な刑を処されても、己に恥じるようなことは何一つない。だから極楽浄土に行ける……村重に対して信長に対して、そう伝えたい。そんな意味合いのような気がします。
そして、夫にあて詠んだ句も。
「梢よりあだに散りにし桜花 さかりもなくて嵐こそ吹け」
「盛りが来ないうちに突然の嵐が吹き、梢から無駄に散ってしまう、そんな危うい桜の花のような夫婦の仲だった」そんな意味でしょうか。
あなたと私の絆は、満開にならず嵐で散った、その程度の仲でしたね。という、裏切り者の夫に向けた本音がこもっているような気がします。
荒木村重は、城を逃げ出すときに、名品といわれた茶道具「兵庫壺」を背負い、腰には「立桐筒」を結わえて、必死で逃げた……という逸話もあります。
「毛利に援軍を求めに行くため城を抜け出した」という説もあるようですが、じゃあ、なぜ茶道具を持って逃げ出すわけ?という謎が。
これが史実通りなら「お前、武将だろ?」と、この“髭”の胸ぐら掴んで鉄拳制裁したい。
村重は、毛利氏を頼って尾道(広島県)まで逃げ、信長が自刃するまで隠れて暮らしたとか。信長の死後は堺に移り「道糞(どうふん)」と名乗り茶人ライフを満喫したそう。のちに道糞から道薫に改めたそうです。「糞」だけで十分なのに。
「どんなことをしても自分だけは助かりたい。」が本音だったのでしょうか。
「強欲ではございませぬか」というだしのセリフが思い浮かびます。
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