『豊臣兄弟!』ズタズタに引き裂かれたプライド…秀吉(池松壮亮)が犯した失敗と「播磨大誤算」の原因
織田信長(小栗旬)の命を受けた羽柴秀吉(池松壮亮)は、中国方面軍の司令官として播磨へ乗り込んだ。
しかし、順調に進むかに見えた播磨攻略は、やがて思わぬ暗礁に乗り上げる。織田方についたはずの別所長治(下川恭平)が突如離反したのである。
その背景には、秀吉が進めた政策への反発があった。秀吉を苦境に追い込んだ、大河ドラマ『豊臣兄弟!』第22回「播磨大誤算」の真相を探ってみたい。
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播磨攻略に潜んでいた不安と半兵衛の警戒
1577年(天正5年)10月、羽柴秀吉と秀長兄弟は信長の命を受け、約1万の軍勢を率いて播磨に入る。前回の『豊臣兄弟!』第21回「風雲!竹田城」では、播磨攻略の前任者・荒木村重(トータス松本)が出迎え、小寺官兵衛(倉悠貴)が城代を務める姫路城へ入った場面が描かれた。
このシーンで官兵衛は、姫路城を秀吉に譲ると申し出る。秀吉はもとより秀長も村重も驚きを隠せないが、竹中半兵衛(菅田将暉)は国衆全員が織田に人質を出すように求めた。
つまり半兵衛からすると、いくら官兵衛が自信ありげに播磨の国衆を調略したと言っても、そう易々とはいかないだろうと予測していたのである。
この予測は後に現実となり、秀吉を大いに悩ませることになるのだが、それでも当初は官兵衛の働きと織田勢の勢いに押され、多くの国衆が秀吉の味方に付くことを誓ったのである。





