手洗いをしっかりしよう!Japaaan

『豊臣兄弟!』安土城炎上は信長次男・織田信雄(山脇辰哉)の仕業?本能寺の変で見せた意外な行動

『豊臣兄弟!』安土城炎上は信長次男・織田信雄(山脇辰哉)の仕業?本能寺の変で見せた意外な行動

天正10年(1582年)6月2日、明智光秀(要潤)が謀叛を起こし、織田信長(小栗旬)が京都本能寺で横死を遂げます。

この「本能寺の変」に際して、信長長男の織田信忠(小関裕太)は京都妙覚寺で自害し、三男の織田信孝(結木滉星)は四国征伐の準備で摂津(大阪府北部)にいました。

ところで信長の次男である織田信雄(山脇辰哉)については、あまり語られることがありません。

父親と長兄が一大事という時に、信雄はどこで何をしていたのでしょうか?

※合わせて読みたい記事!

【豊臣兄弟!】光秀が最後まで頼りにした武将・筒井順慶とは?「洞ヶ峠を決め込む」の由来になった波乱の生涯

豊臣兄弟!の『本物の平蜘蛛』の回において初登場した筒井順慶(つつい-じゅんけい)。彼は松永久秀と何度も戦った宿敵ともいえる武将であり、信貴山城の戦いでは最も活躍したといわれています。また、こと…

『豊臣兄弟!』に登場し一瞬で切腹!部下の命と引き換えに散った名将・清水宗治の“辞世の句”とその最期

大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?第28回放送「急げ!秀吉」で初登場したかと思いきや、いきなり切腹してしまった清水宗治(しみず むねはる)。それまでも何度か名前だけ言及されてい…

いざ弔い合戦へ!

本能寺の変当日、信雄は自身の本拠地である伊勢松ヶ島城(三重県松阪市)にいました。

京都で変事が起こった報せを受けたのが6月5日のこと。遠方の備中国(岡山県)にいた羽柴秀吉(池松壮亮)ですら6月3日に報せを受けているのに、少し遅い印象です。

もしかしたら、連絡を後回しにされたのかもしれません。織田政権が大混乱に陥っている中「この人に言ってもしょうがない」と思われた可能性が考えられます。

これまで信雄は失態(天正伊賀の乱など)を演じ、信長から勘当寸前の怒りを買っていました。

各方面への遠征部隊に組み込まれていないことからも、信雄の将器が信用されていなかったと考えられます。なので当主の御曹司とは言え、周囲からも軽く扱われていたのでしょう。

しかし信雄は報せを受けるや、直ちに兵を起こしました。

兵力の大半を信孝への応援に出しているため、動かせる兵力はわずかしか残っていません。

それでも信雄は父の仇を討ちたい一心だったのでしょう。松ヶ島城から出撃して鈴鹿峠を越え、近江国甲賀郡土山(滋賀県甲賀市)まで兵を進めたのでした。

2ページ目 中途半端で竜頭蛇尾に

 

RELATED 関連する記事