驚愕の古代史!卑弥呼はなぜ女王になったのか?邪馬台国誕生の裏にあった異常気象と“倭国大乱”[前編]:3ページ目
黄巾の乱と飢饉が原因で大陸の難民が倭国へ流入
タウポ火山の噴火が、2世紀後半(181年ごろ)に起きていたとした場合、中国ではどのような影響が生じたのでしょうか。
その具体的な出来事として考えられるのが、後漢王朝の衰退を決定づけた184年の「黄巾の乱」と思われます。当時、後漢では幼い皇帝が続き、皇帝の母親の一族や宦官などが発言力を持つようになり、深刻な政治腐敗と苛政が行われていました。
黄巾の乱は、このような後漢王朝に対する不満を説いた宗教結社・太平道の信者と民衆による農民反乱でした。そこに、異常気象による凶作や飢饉が重なり、人々の不満が一気に噴き出したのです。
『魏志韓伝』には、戦乱と飢饉により難民となった農民が大量に朝鮮半島南部へ流入したことが記録されています。しかし、そこも難民たちにとっては安住の地ではありませんでした。彼らは、食料を求めて東を目指します。
なぜ、難民たちはそうしたのでしょうか。実は、中国の神話では東に蓬莱という理想郷があると信じられていたのです。その裏付けとして、秦の始皇帝の命を受けた徐福が不老不死の仙薬を求め、日本の各地に漂着したという伝説が残ります。
彼らは、朝鮮半島から海に漕ぎ出ると、次々と北部九州へと移動。その難民の一部は、山陰へ上陸した可能性も否定できません。つまり、大量の難民が日本海側の倭国に押し寄せたのです。
そして、こうした人々の移動が、すでに食糧難に苦しんでいた倭国社会に大きな緊張をもたらしたことは想像に難くないのです。
では、[前編]はここまで。[後編]では、倭国大乱を経て邪馬台国が成立する過程について、考古学見地を含めて紐解いていきます。
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※参考文献
Piva, S. B. et al., Volcanic glass from the 1.8 ka Taupō eruption detected in Antarctic ice, Scientific Reports(2023)
瀧音能之監修 『発掘された日本神話』 宝島社新書
NHKスペシャル取材班著『新・古代史』 NHK出版新書



