海なし県・山梨が“寿司王国”だった意外な理由…江戸時代の「魚の道」と甲州寿司の謎
日本は海に囲まれた島国のため、お魚を使った料理がたくさんありますよね。特に海に面している地域は、お魚がおいしいイメージがあるのではないでしょうか。
しかし、実は海に面していない「山梨県」が人口あたりの寿司店数が全国1位に認定されたことがあるんです(参照:政府統計の総合窓口(e-Stat)「令和3年経済センサス-活動調査」)
そこで、この記事では、山梨県に寿司屋が多い理由を歴史的ルーツと、独自の食文化から探っていきたいと思います。
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駿河湾で獲れた魚をどうやって内陸まで運んだの?
江戸時代、海産物の名所として知られた駿河湾。特に、江戸時代の終わり頃から駿河湾で大量のマグロが獲れたという記述が文献に残っています。
そんな駿河湾から、夏でも腐らせることなく生魚を運べた限界が「甲府」でした。富士山の西側を通る「中道往還(なかみちおうかん)」というルートを使い、マグロなどの海産物を馬の背中に乗せて運んできてきたといわれています。ちなみに、中道往還は、「魚の道」としても知られています。
このルートを使うことで、一晩で甲府まで運べたと言われています。標高の高い山道を通るため、夏場でも比較的涼しく、生魚を運ぶのに提起していたのです。
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