手洗いをしっかりしよう!Japaaan

『豊臣兄弟!』で描かれる「本圀寺の変」とは?三好三人衆の逆襲…足利義昭はどうなるのか

『豊臣兄弟!』で描かれる「本圀寺の変」とは?三好三人衆の逆襲…足利義昭はどうなるのか

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第10回放送「信長上洛」では、織田信長(小栗旬)が足利義昭(尾上右近)を奉じて上洛。その野心を天下布武(畿内制圧)から天下一統(全国制服)へと進化させる様子が描かれました。

『豊臣兄弟!』織田信長上洛で何が動いた?お市・家康・義昭…第10回の重要ポイントを解説

足利義昭(尾上右近)を奉じて天下布武を唱え、上洛を果たした織田信長(小栗旬)。しかしいつまでも義昭の下風に甘んじることなく、信長の野望は天下一統へと進化していきました。天下人然とした態度に各地…

その一方で、信長に京を追われた三好三人衆(岩成友通・三好宗渭・三好長逸)はこのまま引き下がった訳ではありません。

信長に担がれた将軍など認めない……という訳で、義昭の拠点であった本圀寺(ほんこくじ)を襲撃したのです。

これがいわゆる本圀寺の変。第11回放送のサブタイトルにもなっていましたが、今回はこの本圀寺の変について、予習して参りましょう。

※「豊臣兄弟!」関連記事:

【豊臣兄弟!】共闘から決裂へ…織田信長と戦い続けた足利義昭(尾上右近)、執念の生涯[前編]

室町幕府最後の将軍・足利義昭(演:尾上右近)。彼は、一般には「織田信長に擁立された傀儡(かいらい)」として語られることの多い人物です。しかし、その実像は決して「傀儡」一言では片づけられません。…

『豊臣兄弟!』あれほど仲の良い兄弟なのに…豊臣秀吉と秀長の実父を巡る切なすぎる矛盾と謎

再婚時期の矛盾大河ドラマ『豊臣兄弟!』で話題沸騰中の豊臣秀吉と弟の秀長ですが、彼らの出自を語る際に欠かせないのが二人の父親の存在です。[caption id="attachment_272…

【豊臣兄弟!】松永久秀との因縁、織田信長に最後まで抗った三好三人衆・石成友通の壮絶な最期

近畿で大きな勢力を誇った三好氏。その中でも石成友通(阿部亮平)は、三好三人衆の一人として信長の上洛に立ちはだかり、松永久秀とも激しく争った重要人物です。大河ドラマ「豊臣兄弟!」3月22日(日)放送…

信長のいぬ間に……

永禄11年(1568年)10月に上洛を果たした信長は、わずかな手勢を残して10月26日に岐阜へ帰国しました。

その理由には諸説あり、兵糧が欠乏していたなどが考えられています。

信長さえいなければ、義昭など恐るに足りません。信長との決戦を避け、兵力を温存していた三好三人衆は阿波国(徳島県)はじめ四国各地の兵を掻き集めました。

この動きを察知した義昭も備えを固めていましたが、12月24日に松永久秀(竹中直人)が大和国(奈良県)を離れ、岐阜へと向かいます。

信長に新年の祝辞を述べるためと考えられますが、これにより京都の守りが薄くなってしまいました。

この好機を逃すまじと三好三人衆は挙兵。海を渡って12月28日には和泉国(大阪府南西部)の家原城を攻め落とします。

年が明けて永禄12年(1569年)1月4日、三好三人衆は将軍地蔵山や東山を焼き討ちにし、義昭の退路を断ちました。

そして翌1月5日には洛中へ突入。義昭がいる本圀寺へ攻めかかったのです。

2ページ目 義昭の危機。織田信長と松永久秀が駆けつける

 

RELATED 関連する記事