『豊臣兄弟!』あれほど仲の良い兄弟なのに…豊臣秀吉と秀長の実父を巡る切なすぎる矛盾と謎
再婚時期の矛盾
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で話題沸騰中の豊臣秀吉と弟の秀長ですが、彼らの出自を語る際に欠かせないのが二人の父親の存在です。
通説では実父が木下弥右衛門、母の再婚相手である継父が竹阿弥とされてきました。
しかし近年の研究では、この二人が実は同一人物だったのではないかという驚くべき説が浮上しています。今回はこれをご紹介しましょう。
※関連記事:
小一郎と藤吉郎は実兄弟なのか?『豊臣兄弟!』では描かれない2人の少年時代の謎に迫る
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の物語も1/6(全48回中8回)が終わり、これからますます盛り上がっていくことでしょう。※直(白石聖)ロスからの立ち直りが成否のカギとなりそうです。[in…
江戸時代の軍記物によれば、実父の弥右衛門は天文12年に没し、母のなかは同年に竹阿弥と再婚したとされています。
この、死別直後のスピード再婚が、長年信じられてきた豊臣兄弟のファミリーヒストリーでした。
ところが、豊臣秀長の生年を詳しく検証するといろいろ矛盾点が出てきます。秀長が生まれたのは天文9年とされており、逆算すれば弥右衛門が存命だった時期と完全に重なるのです。
つまり、秀長は継父の子ではなく実父の子として、なかと弥右衛門の間に生まれていたことになります。
よって最近の研究では、弥右衛門となかは死別ではなく、生前に離婚していたという説が有力視されています。
弥右衛門が戦傷で心身を病み、働けなくなったために生活の術として離別を選んだというものです。

