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『豊臣兄弟!』あれほど仲の良い兄弟なのに…豊臣秀吉と秀長の実父を巡る切なすぎる矛盾と謎

『豊臣兄弟!』あれほど仲の良い兄弟なのに…豊臣秀吉と秀長の実父を巡る切なすぎる矛盾と謎:2ページ目

名前の使い分け・身分変化のからくり

そもそも竹阿弥という名は、当時の農民や武士が名乗る一般的な諱(本名)ではありません。これは阿弥号と呼ばれ、時衆や芸術家、あるいは主君に仕える同朋衆が用いる特殊な名前です。

ここで浮上するのが、弥右衛門が身分を変える過程で名前を使い分けたという説です。弥右衛門が同朋衆として織田家に仕える際、新たに名乗った号こそが竹阿弥だったと考えられます。

これが当たっているとすれば、かつて「父の死後に現れた別の男」と解釈されていた竹阿弥ですが、実際には一人の男のキャリアチェンジの足跡を示しているものと言えるでしょう。

足軽から芸能担当の同朋衆へと役割を変えたことで、記録上二人の人物が誕生してしまったのです。

この視点に立つと、秀長がかつて小竹(こちく)というあだ名で呼ばれていた理由も合点がいきます。

秀長は父が竹阿弥を称し始めた時期に育った子だからこそ、その号にちなんだ呼び名となったのではないでしょうか。

名前の混乱は、後世の編纂者が「弥右衛門」と「竹阿弥」を別々のエピソードの登場人物として処理した結果です。

秀吉自身が過去を粉飾しようとしたことも、この実父像の分裂に拍車をかけたに違いありません。

3ページ目 罵倒に秘められた愛憎?

 

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