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豊臣秀吉の「六本指伝説」は本当か?肖像画から消された右手、隠し続けた身体的異形の真相

豊臣秀吉の「六本指伝説」は本当か?肖像画から消された右手、隠し続けた身体的異形の真相

異形の少年

豊臣秀吉といえば、貧しい農民から天下人へと駆け上がった快男児であるというイメージが根強くあります。

しかし、あまり大きく取り上げられることはありませんが、その出発点には身体的異形という重い現実がありました。

秀吉の右手には六本の指があったと伝わっているのです。

このことについては『太閤素生記』だけでなく、前田利家の証言とされる記録や宣教師の報告にも「奇妙な手」「異様な身体的特徴」といった記述が見られることから、事実だったと思われます。

六本指そのものは医学的には先天性多指症といい、ありえない話ではありません。

ただ、当時は忌避の対象でした。幼い秀吉がどれほどの劣等感を抱えていたかは想像に難くありません。

隠された右手

しかし、彼の六本指は肖像画などには一切描かれていません。その理由は単純で、秀吉自身が徹底的に隠したからです。

天下人となった秀吉は、自らの出自を神秘化するため天皇の落胤説を広めました。また、外見が猿そっくりだったという伝説も、神の遣いである猿を利用して自らの神格化を図ったものだと考えられます。

彼はそうした政治的演出をかなり行っていました。『絵本太閤記』に見られる「太陽が懐に入る夢」すなわち日輪受胎伝説などもその典型です。

六本指の存在は、こうした「神話化」と真っ向から対立します。というよりも、秀吉はそうした神話によって、自身が庶民の子であり異形の手を持つ人間であるという現実を覆い隠そうとしたのかも知れません。

異形は権威を損なう弱点であり、関白・太閤としての正統性を揺るがす危険があったからです。

だからこそ、彼の肖像画では常に右手が袖に隠され、指が見えない構図が徹底されました。これは絵師の判断ではなく、秀吉側の指示だったと考える方が自然です。

この時期、弟の豊臣秀長は兄の政務を支える立場にあり、兄の「神話化政策」を最も理解していた人物でした。

彼が兄の六本指について触れた記録が一切ないのは、沈黙こそが兄への最大の支援だったからでしょう。

2ページ目 劣等感の力

 

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