『豊臣兄弟!』なぜ足利義昭(尾上右近)は信長を見殺しにしたのか?姉川で動けなかった“将軍”の限界[後編]
『豊臣兄弟!』第15回「姉川大合戦」では、織田・徳川連合軍対浅井・朝倉連合軍による死闘が描かれました。
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この姉川の戦いでは、秀吉(演:池松壮亮)も秀長(演:仲野太賀)も生き残るために壮絶な戦いを強いられます。
しかし、信長がいただく将軍足利義昭は、京都・二条御所にて静観を決めつけていたのです。
[後編]では、なぜ義昭が信長に援軍を送ることなく、御所から動かなかったのか。足利将軍家の軍事態勢にスポットを当て、その理由を深堀りします。
[前編]の記事はこちら↓
『豊臣兄弟!』なぜ足利義昭(尾上右近)は信長を見殺しにしたのか?姉川で動けなかった“将軍”の限界[前編]
室町幕府発足当時は単なる地方官だった
山城一国という、わずかな直轄領しか持たない足利将軍たちは軍事行動を起こすとき、どのような対応を行っていたのでしょうか。
それは、地方においた守護に頼ることでした。
室町幕府の政治機構は、中央と地方に分かれます。
中央には、将軍の補佐を行う管領が置かれ細川氏・斯波氏・畠山氏が交代で務め、これを三管領と称しました。さらに、その下には、行政機関である、政所・侍所・問注所などがあります。
政所は、将軍家の直轄領の管理・金銭関係の裁判。侍所は、京都の治安維持。問注所は、書類などを扱う事務機関です。この内、侍所は有事において軍事召集や軍事的指揮を司るため、その長官には赤松氏、一色氏、京極氏、山名氏を置き、これを四職と称しました。
一方、地方には守護や鎌倉府などが置かれました。足利将軍家が軍事行動における要として、ことあるごとに頼ったのが守護です。三管領や四職を務めたのも、いずれも有力な守護でした。
守護を簡単に言えば、「国ごとに置かれた将軍の代理人」となります。
足利尊氏は、室町幕府の法令『建武式目』において、守護について次のように記しています。
「守護職は上古の吏務なり、国中の治否、ただこの職に依る」
「守護が補せらるの本意は、治国安民のためなり。人として徳あらばこれを任じ、国として益無くんばこれを改めむべし」
つまり、「守護は律令制における国司のようなものであり、国が収まるか否かは守護にかかっている」「守護の本務は治国安民であり、徳ある者を任じ、不適任であれば直ちに罷免する」ということでした。
このように、足利将軍が考える守護とは、将軍が京都から各国に派遣した将軍の代理人であり、その国を領有するものではなく、非世襲の職ということになるのです。
室町幕府の黎明期である将軍の尊氏と義詮は、守護に北朝側の有力武将たちを任命します。その代表が、足利氏支流である三管領の細川氏、斯波氏、畠山氏であり、その他にも赤松氏、一色氏、京極氏・武田氏・土岐氏・山名氏・大友氏・島津氏などが、守護に任命されました。




