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『豊臣兄弟!』官兵衛と松寿丸のその後、小一郎の娘は実在?半兵衛の最期の奇跡に涙…第23回を史実考察

『豊臣兄弟!』官兵衛と松寿丸のその後、小一郎の娘は実在?半兵衛の最期の奇跡に涙…第23回を史実考察

荒木村重(トータス松本)に対する調略成功を喜ぶ宇喜多直家(緋田康人)たち。

「裏切られる方が愚かなのだ」毛利輝元(濱省吾)のセリフが、よもやブーメランになろうとは、思いもよらなかったことでしょう。

村重の説得に出た小寺官兵衛(倉悠貴)は囚われの身となり、織田信長(小栗旬)は羽柴秀吉(池松壮亮)に人質の松寿丸(官兵衛嫡男)を処刑するよう命じます。

この嫌われ役を買って出たのは余命わずかな竹中半兵衛(菅田将暉)、長浜城では女性陣とドタバタアスレチックを演じていました。

やがて慶(吉岡里帆)が女児を出産、小一郎(仲野太賀)と共に喜びを分かち合った半兵衛は、松寿丸の処刑を思いとどまります。

そして宇喜多直家の調略に成功したことで戦場の風向きを変える奇跡を起こし、みごと戦陣に散っていったのでした……そんな第23回放送「さらば半兵衛」今週も気になるトピックを振り返ってまいりましょう。

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官兵衛はその後どうなる?

村重の説得に赴くも失敗し、囚われてしまった官兵衛。時に天正6年(1578年)10月のことでした。

官兵衛が村重の説得に名乗り出たのは、自身の主君であった小寺政職(こでら まさもと)が村重と共に謀叛を起こそうとしていたため、それを食い止めたかった事情があったようです。

その後官兵衛は1年以上も有岡城内に幽閉され、側近の栗山利安(くりやま としやす)に救出されたのは天正7年(1579年)11月19日のことでした。過酷な獄中生活が祟り、官兵衛は足が不自由になってしまったそうです。

ちなみに主君であった小寺政職は結局村重に呼応して織田に叛旗を翻し、天正8年(1580年)に居城を捨てて毛利領へ逃走。ここに戦国大名としての小寺氏は滅亡しました。

松寿丸はどうなった?

劇中ではドタバタ隠れんぼの末に命拾いした松寿丸(しょうじゅまる/まつじゅまる)。実際には最初から半兵衛が匿い、救出された後の官兵衛は、このことに大変感謝したそうです。

官兵衛の感謝を示すエピソードとして、半兵衛がそれまで用いていた黒餅(こくもち)の家紋を、官兵衛が譲り受けました。

「感謝する方が家紋を贈呈するんじゃないの?」と思うかもしれませんが、一族を象徴する家紋を譲り受けるということは「私はあなたの一族ですよ」という意思表示に他なりません。

ちなみに黒餅の家紋は半兵衛が懐に鏡餅を入れて出陣したところ、矢が鏡餅に当たって命拾いした……という逸話が『寛政重脩諸家譜』に記されています。

ともあれ松寿丸は後に元服して黒田長政(ながまさ)と称し、その後大活躍したのは有名ですね。

2ページ目 小一郎の娘は実在人物?

 

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