【豊臣兄弟!】お市の戯言がまことに…第10話で起きた2つの「嘘から出た実」と「兄妹の絆」を考察:5ページ目
60歳でようやく想い人のお市と初めての結婚
お市は、長政との間に三人の娘をもうけ幸せな生活を送ると思いきや、織田家に追い詰められ長政は自害。その後、愛する兄信長も自害するという悲劇が続きます。
そして、お市は自身の「戯言」通りに、勝家と再婚。勝家は60歳でようやく想い人のお市と再婚します。勝家は妻を大切にしそのまま幸せに末永く暮らしました……とはならないのが史実の辛いところ。せっかくの再婚生活も、1年にも満たなかったのでした。
秀吉との「賤ヶ岳の戦い」に敗れて北ノ庄城へと立て篭もった勝家は、もはやこれまでというところまで追い詰められ、妻・お市、一族子女とともに切腹します。
その切腹は、一気に右脇まで刀を一直線に引き次は胸から縦に切り裂き、腹わたを掴み取り掻き出したという壮絶な死に方だったとか。介錯にあたった中村聞荷斎が火薬に火を点けて、勝家の遺骸もろとも吹き飛ばしたといわれています。(『毛利家文書』とそれに所収された秀吉書状より)
妻・お市には「信長の妹であり、秀吉も丁重に扱うだろう」から生き延びるように説得するもお市は応じず共に死ぬことを選びました。
戦国時代日本で布教をしたポルトガルのカトリック宣教師ルイス・フロイス『日本報告』には、
敗戦した勝家は離反した家臣に対して恨み言は言わず、最後まで付き添ってきた家臣たちには生き延びることを許し むしろそれを喜んだ。また、今生においてはこれまでの家臣たちの愛情に報いるすべがないことを嘆いた。
と収蔵されているそうです。
最期に
お市の辞世の句は
「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 夢路をさそふ 郭公(ほととぎす)かな」
意訳:そうでなくても眠る間もないほど短い夏の夜だというのに。この世との別れを急かすのかホトトギスよ
勝家の辞世の句は
「夏の夜の夢路はかなき後の名を雲居にあげよ山郭公(ほととぎす)」
意訳:夏の夜の夢のように儚い人生だった我が名を、空高く語り伝えてくれ、ホトトギスよ
婚姻生活は短かったものの、ふたりでホトトギスの鳴き声に耳を傾け静かに語らうような時間は持てたのでしょうか。
家臣として長年の付き合いだっただけに、短くとも心通いあった仲のいい結婚生活だったのでしょうか。
次回の予告では、お市を抱きしめながら「そなたのことは人質とは思っておらぬ」という長政の姿が映りました。
二人の心が打ち解け合いこれから幸せな結婚生活を送るようですが。光が輝くほどにその影は濃くなっていくもの。
これから先のお市、そして二人の夫、長政・勝家を待ち受けている厳しい史実を考えると、どう描かれるのか観るのが怖いような気もしてしまいます。
参考:戦国の凰お市の方 鈴木輝一郎
