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全ての政治家は上杉鷹山を見習うべし!米沢藩を救った民福主義の改革とは【後編】

全ての政治家は上杉鷹山を見習うべし!米沢藩を救った民福主義の改革とは【後編】

江戸時代後期、財政破綻をきたした米沢藩を、卓越した手腕で改革を行い、再建を果たした上杉鷹山。その政策は、民への思いやりに溢れた有言実行の方針である「精神の改革」にありました。

権力の私物化や政治の劣化が目立つといわれる現代において、今こそ求められる理想のリーダー像ともいわれる鷹山。後編では、いよいよ「精神の改革」の真髄に迫っていきましましょう。

ここまでのお話は【前編】をごらんください。

全ての政治家は上杉鷹山を見習うべし!米沢藩を救った民福主義の改革とは【前編】

財政破綻をきたした米沢藩を卓越した手腕で改革を行い、再建を果たした上杉鷹山(うえすぎようざん)。その政策は、権力を振りかざすことなく、民への思いやりに溢れた民福主義の「精神の改革」にありました。…

鷹山の改革の真髄・精神の改革とは

上杉鷹山が行った米沢藩改革は、「精神の改革」「財政の再建」「産業の開発」の3本の柱から成り立っていました。

この中で、特に注目されるのが「精神の改革」でした。これがあってこそ、「財政の再建」、「産業の開発」がなり、トータルとして完璧なまでの米沢藩藩政改革が成功したのです。

「精神の改革」を理解するうえで、とても参考になるのが、鷹山が家督を譲るにあたり、世子である治広に与え、、明治維新を迎えるまで上杉家の家訓として伝承された『伝国の辞』です。

【『伝国の辞』とは】

一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立てたる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候

ここに書かれている国家とはを指します。この3か条を簡単に要約してみると以下のようになります。

「藩は藩主の私物ではない。藩士も民もまた藩主の私物ではない。そして、藩主というものは、藩と藩士と民のために仕事をするものだ」

江戸時代においては、藩主は絶対的な権力者でした。そうした権力者がこうした考えを述べていることは、まさに感動的です。

幕藩体制のもとでは、藩士も領民も領主の私物のようなものでした。もちろん、民には多少なりとも人権はあったものの、それは税(年貢)を得るための道具としての保証的な人権であったのです。

そんな時代に、鷹山は「人民を大切にしなければならない。そして、藩主は人民のために仕事をするのだ」という「民福主義」を打ち出したのでした。

2ページ目 民の父母として官民一体の改革を実践

 

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