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実は「SM」は日本発祥の言葉だった?その誕生に深く関わった歴史上の出来事とは…?

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大正の自由な風に吹かれて

発禁処分から18年後の1913年(大正2年)。『Psychopathia Sexualis』は書名も新たに『変態性欲心理』として再び日本に紹介されます。

当時我が国では、大正デモクラシーがもたらした自由主義的な風潮の中で、多くの作家や学者が一風変わった性のあり方について論じる、「変態性欲ブーム」が起きていました。

政治、文化、社会のみならず、性愛についても自由に語ることが許された大正の世。大正デモクラシーという自由な風に吹かれながら、『変態性欲心理』は変態性欲ブームの火付け役となり、「サディズム」「マゾヒズム」という言葉は文化人たちのあいだに急速に普及してゆくのでした。

「サドマゾ」からなぜか「MS」を経て「SM」へ

「サディズム」と「マゾヒズム」が合わさって「サドマゾ」が生まれ、さらに省略されて「SM」へと進化するには、大正デモクラシーからさらに数十年の月日を要しています。驚くべきことに、「サドマゾ」が「SM」に変化する過程では、SとMが逆転した「MS」が頻繁に使われていた時期もあったのだそうです。

1968年(昭和43年)にはSM雑誌の先駆けとなる「サスペンス&ミステリーマガジン」が誕生し、翌年すぐに「SMマガジン」へと改題。これに続けとばかり「SMセレクト」「SMプレイ」「パンチSM」といったSM雑誌が次々に刊行され、ここに日本発祥の変態用語「SM」が確立されるのです。

一度は発禁となった『Psychopathia Sexualis』が再び翻訳されることがなかったら。そして、2度目の翻訳出版が大正デモクラシーの真っ最中でなかったら。「SM」という言葉も、そして「ドS」「ドM」と言う属性も生まれていなかったかもしれません。

参考:SMペディア懐かしき奇譚クラブ

 

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