【豊臣兄弟!】愚将なんかではない!15歳で国主、26歳で討死…史実で辿る斎藤龍興(濱田龍臣)の壮絶な生涯
「豊臣兄弟!」愚将と軽んじることなかれ!最期まで国主としての矜持を持ち続けた斎藤龍興の真の姿
歴史上の人物の中には、後世の創作によって“妙に損をしている人”がいます。
その代表格の一人が、『豊臣兄弟!』で濱田龍臣が演じる斎藤龍興ではないでしょうか。
ドラマの中の龍興は、典型的な三代目お坊ちゃま。時に家臣を見下し、時に威圧的。いかにも「没落する家の若殿」といった描かれ方をされています。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第9回「竹中半兵衛という男」での信長との戦においては、家臣を置き去りにし、自身のみ逃亡を図る姿まで描かれていました。
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ですが、筆者は声を大にして言いたいのです。
「ちょっと待ってほしい」と。
本当に彼は、そこまで言われるほどの愚将だったのでしょうか。
今回は史実を踏まえながら、「それでも俺は頑張ったんだ」と叫びたくなるであろう斎藤龍興の実像を、あらためて見直してみたいと思います。
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太平記英勇伝に描かれた斎藤龍興/歌川国芳作(Wikipedia)
15歳で国主を継ぐという現実
1561年(永禄4年)、美濃国主・斎藤義龍(演:DAIGO)が33歳で急死します。跡を継いだのは嫡子の龍興。しかし彼は、まだ元服前。数えでわずか15歳でした。
冷静に考えてみてください。いまで言えば、高校生にもなっていない少年が、国ひとつの運命を背負わされたのです。
しかも父・義龍は、何もかも自分で仕切る強烈なワンマン型。補佐役となる絶対的な家老はおらず、三奉行・六奉行ら有力国人がいるだけでした。
これはもう、スタート地点からして相当なハードモードです。この年齢で、自らの意思で政治的手腕を発揮せよと言われても、正直かなり酷な話でしょう。
それでも、家督相続直後の美濃はすぐには崩れませんでした。六奉行を中心とした合議制で、織田信長(演:小栗旬)の攻勢を一進一退で凌いでいます。
むしろ龍興軍を手強いと感じた信長は、一度美濃攻略を断念し、和睦を結んで尾張へ引き上げています。
ここは意外と見落とされがちです。
つまり、「三代目になった途端に即崩壊」というわけではなかったのです。




