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気になりつつスルーしてた…冷奴の「奴」ってどういう意味?冷奴の呼び方の由来について紹介
冷奴の歴史は…?
豆腐は中国で生まれました。それが日本に入ってきたのは、奈良時代の遣唐使によってです。当時は、密かに、寺院で精進料理に使われていたようです。その精進料理が貴族や武家に伝わって、上流階級の人々の口に入るようになりました。つまり、豆腐はぜいたく品だったわけです。
江戸時代に入ると、将軍の膳には朝も昼もふんだんに使われるようになりました。その一方で、庶民は食べることを禁じられていて、農民などは作ることもできなかったと言います。その豆腐が庶民の食卓にのぼるようになったのは、江戸時代中期になってからです。
その頃出された豆腐料理の本「豆腐百珍(とうふひゃくちん)」は、庶民の間で爆発的な人気を博したと言われています。
江戸時代のクックパッド?豆腐についてまとめられた江戸時代の書物「豆腐百珍」とは?
ヘルシーフードのひとつとして現在も親しまれているお豆腐。今でこそお豆腐は誰もが安価で買うことのできる庶民の食べ物ですが、江戸時代初期までは贅沢品とされ、庶民にはなかなか手の出せる品物ではなかったとか。…
その本によると、「冷奴」は、「一般的に知られているので料理法は記すべきほどではない」と書かれていることから、冷奴は、江戸時代中期に暮らしていた庶民の間ではすでによく食べられていた料理だったと考えられています。
昔の人たちは、豆腐を口にすることもできなかったとは、びっくりです。栄養価が高くて体に優しい豆腐、ふんだんに食べることができる今の世の中に感謝ですね。
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