岡っ引きには前科者も!?お江戸の治安維持は御番所におまかせ
江戸の町の平和を守った町奉行
江戸の治安維持の役割を果たしたのが、町奉公所。市民は「御番所」と呼んでいたそう。庶民の行政・司法・警察機構の役割を持ち、最初は北町と南町2つの奉公所がありました。元禄15年(1702)には、防火行政の充実を目的に中町奉公所が新設され、3つの奉公所がひと月ごとの交代制で、江戸市中の治安維持に努めていたそう。
享保3年、江戸の各地域に町火消の設置を命じられたため、翌年の享保4年には中町奉公所が廃止され、再び南北2つの奉公所のみに戻ります。そして、防火行政の一部を役所から民間に移しています。
町奉公所の組織編成は?
ちなみにこの町奉公所の組織は、どんな感じだったのでしょうか?まず、トップは町奉行です。リーダーである町奉行は、南北にそれぞれ1名ずつ、優秀なものしか就けないといわれていました。奉行を補佐するのは、与力です。南北にそれぞれ25名いた与力の多くは世襲制で、仕事内容は20種類以上もありました。八丁堀付近に居を構えていた彼らには、「八丁堀の旦那」という呼び名もあったそう
同心も同じく世襲制で、それぞれ100名。町奉行から直接指揮を受けて、隠密廻り・定廻り・臨時廻りの3つの業務に携わっていました。
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