『豊臣兄弟!』本能寺、お市の最期、天下一統…後半戦は“兄弟の絆”が崩れていく?小一郎を待つ過酷な運命
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」も、いよいよ後半戦へ突入します。
第1回「二匹の猿」から始まった小一郎(仲野太賀)と秀吉(池松壮亮)の物語は、信長のもとでの出世、播磨攻め、竹中半兵衛との別れなどを経て、大きな転換点を迎えようとしています。
そしてこの先に待ち受けているのが、本能寺の変、賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦い、四国征伐、そして天下一統です。
兄・秀吉が天下人へと駆け上がっていく一方で、小一郎の人生もまた、栄光と苦悩、そして別れへと向かっていきます。
では、これから小一郎はどんな運命をたどっていくのでしょうか。略年表で後半の予習をしていきましょう。
第1回「二匹の猿」から第25回「変事の予兆」までを振り返った記事はこちら↓
『豊臣兄弟!』濃すぎた前半戦を総まとめ!史実と違いすぎた名場面&衝撃シーンを一気に振り返る
大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?1月の放送開始から毎回欠かさず観ていたら、いつの間にか6月も終わってしまいました。早くもロス(放送終了後の喪失感)を懸念する声も出ているようで…
小一郎の後半生(略年表)
さて、これから小一郎はどんな運命をたどっていくのでしょうか。略年表で後半の予習をしたいと思います。
- 天正10年(1582年) 本能寺の変で信長が横死、秀吉に従い明智光秀を討つ(43歳)
※これ以前に嫡男の与一郎(大西利空)が世を去る - 天正11年(1583年) 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家(山口馬木也)を滅ぼす(44歳)
- 天正12年(1584年) 小牧・長久手の戦いで徳川家康と対決する(45歳)
※この頃に名前を羽柴「長秀」から「秀長」に改めている - 天正13年(1585年) 紀州征伐で副将、四国征伐で総大将を務める(46歳)
※これらの戦功により紀伊国・和泉国・大和国を与えられる - 天正14年(1586年) この頃から体調を崩す(47歳)
- 天正15年(1587年) 九州征伐で日向方面の総大将を務める(48歳)
※この頃に長女が誕生する(実名不詳。生母は側室の光秀尼) - 天正16年(1588年) 代官の汚職により秀吉から咎められる(49歳)
※次女のおきくが誕生する(生母は不明) - 天正17年(1589年) 秀吉から新年の挨拶を拒否される(50歳)
- 天正18年(1590年) 病気が悪化し、小田原征伐(天下一統)に立ち会えず(51歳)
- 天正19年(1591年) 1月22日に52歳で病死する
※家督は長女の婿となった豊臣秀保(姉ともの三男)が継ぐ

