【古代史の謎】異質な名を持つ「ヲホド王」この大王の正体は天皇家のご先祖・継体天皇だった:2ページ目
どこから来たのか
では、ヲホド王はいったいどこから来たのでしょうか。
大日本帝国憲法のもとで天皇家が万世一系とされた時代には、ヲホド王は応神五世孫と説明されていました。応神天皇から数えて五代後の子孫という意味です。
しかし、ここには疑問もあります。文字がなく、記録を作ることも難しかった時代に、どのようにして応神天皇の末裔だと判断できたのでしょうか。
応神天皇からヲホド王へつながる系図は残されていますが、系図は捏造が可能であり、それを真に受けることはできません。
こうした事情から、ヲホド王を応神天皇の末裔とする説は否定されるようになりました。現在の日本史学では、ヲホド王を現在の天皇家の始祖と考える見方が一般的になっています。
さらに注目されるのが、ヲホド王に関する伝承です。ヲホド王は近江(現在の滋賀県)にあたる琵琶湖北部と、越前(現在の福井県)にあたる三国地方で成長したと伝えられています。
三国地方は九頭竜川の流域にあり、古くから穀倉地帯として知られていました。また港湾都市として朝鮮半島との交易も盛んでした。三国から陸路を進めば栃ノ木峠を越えて琵琶湖方面へ向かえますし、海路でも敦賀湾や若狭湾を経て琵琶湖に近づけます。
この地理を見ると、ヲホド王の一族が三国で勢力を広げ、琵琶湖、宇治川、淀川をつなぐ淀川水系に勢力を伸ばしたと推測する説にも一定の説得力が出てきますね。
大和川水系のヤマト政権と接触していた可能性も十分ありうるでしょう。
