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【豊臣兄弟!】最後まで光秀に仕えた斎藤利三の壮絶な最期…晒された遺体を命がけで奪還した親友

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「殿……いえ。上様、どうかご武運を」

本能寺の変後、有力諸将を味方につけることができずに「山崎の陣」を構えることになった明智光秀。

ドラマでは、陣で光秀と利三は二人きりに。(いつもは明智秀満や藤田伝吾、溝尾庄兵衛などの重臣が同席していたようなのですが)

「長宗我部殿に織田の背後を脅かすように書状を送っては」という利三に「もう、よい」と止める光秀。

「どんなに敵が躍起になろうとも変えられないことがある。信長はもはやおらぬ」

信長を失い逆上している寄せ集めの織田総合軍は「わしの首欲しさにおのおのが勝手に動くだろう。信長の代わりなど誰にもつとまらん」と光秀。

信長の息子たちより、秀吉(池松壮亮)や丹羽長秀(池田鉄洋)と同様、信長のことをよくわかっています。

案の定、織田総合軍の陣地ではお互いが「お前だって裏切りものだろう!」と摂津衆がわちゃわちゃと大揉めしていました。

「わはははははは」と大笑いする長秀。「今笑ったのはわしではない。明智じゃ」と。……さすが、光秀、ご明察。

そして、山崎の戦いでは、光秀の読み通り、堪えきれずに明智軍の誘いに乗ってしまった高山右近軍、中川清秀軍勢が窮地に陥りました。

けれど、後方にいた秀吉の援軍・山側からの小一郎(仲野太河)と黒田官兵衛(倉悠貴)の軍・淀川を登り明智軍を横腹から攻め込んだ池田恒興(堀井新太)軍が駆けつけて、瞬く間に明智軍は一転して形勢不利になってしまったのでした。

今一歩のところで阻まれ、撤退を決めた光秀と利三。

「我らが時をかせぐのでお逃げください…殿がご無事でさえいれば我々はまだまだ戦えまする」と利三。

決意した光秀は立ち上がり「坂本城で待つ。利三必ず生きて戻ってまいれ」

「はっ。殿も……いえ。上様。どうかご武運を」

「殿」ではなく、「上様」と言い直す利三。

永遠の別れとなることを覚悟して。あるいは、このまま逃げて“織田を嫌う武将”を集め体制を立て直し、次は勝つことに望みを託して。

最大の敬意を込めた利三の「上様」。短い場面でしたが、いいシーンでした。

戦場に出向いた利三は、光秀が辿っているだろう山のほうを見やり、そっと礼をして「上様、どうかご無事で」と呟きました。

光秀が「公方様の作る世が見てみたかった」ように、利三も光秀が天下をとって「上様が作る世が見たかった」のではないでしょうか。

3ページ目 光秀が信頼を寄せた家臣の息子に裏切られる

 

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