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大河『逆賊の幕臣』で松坂桃李が演じる小栗忠順に最期まで殉じた荒川祐蔵とは?渡米から処刑に至る36年

大河『逆賊の幕臣』で松坂桃李が演じる小栗忠順に最期まで殉じた荒川祐蔵とは?渡米から処刑に至る36年

令和9年(2027年)大河ドラマ「逆賊の幕臣」では、優れた才覚から近代日本の礎を築き上げるも、徳川幕府の後を追うごとく世を去った小栗忠順(おぐり ただまさ。小栗上野介)の生涯が描かれます。

そんな小栗忠順の活躍は、多くの家臣や同志たちに支えられてこそでした。

今回は小栗忠順に仕えた家臣の一人・荒川祐蔵(あらかわ ゆうぞう)を紹介したいと思います。果たして彼はどんな人物で、どんな生涯をたどったのでしょうか。

小栗忠順と出会うまで

荒川祐蔵は天保3年(1832年)に誕生しました。実父の江幡昭眉(えばた しょうび)は常陸国下吉影村(茨城県小美玉市)に酒造業を営む一方、俳人として文化的な活動も行っていたそうです。

祐蔵もそんな父に似て利発だったのか、幼少期から郡方手代を務めた大内與一郎(おおうち よいちろう)に師事して学問を修めました。

郡方手代(こおりかたてだい)とは郡奉行に仕えて所領内の出納業務や訴訟処理などを担当する職務です。

祐蔵は生活に密着する実学を身につけ、後に小栗忠順の活躍を支える力を養ったことでしょう。

やがて元服した祐蔵は江幡尚賢(ひさかた/なおかた)と改名し、嘉永元年(1848年)には笠間藩士の富田忠蔵(とみた ちゅうぞう)に婿入りします。

富田泉蔵(せんぞう)と改名したものの、折り合いがつかなかったためか、嘉永6年(1853年)に離縁しました。

このままではいけないと一念発起したのか、祐蔵は嘉永7年(1854年)に常陸国から江戸へと旅立ち、駿河台に住んでいた小栗忠順の元へ転がり込みます。

大河ドラマでは、この辺りの出会いが見どころの一つとなるでしょう。

2ページ目 最期まで主君に忠義を尽くす

 

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