大河『逆賊の幕臣』で松坂桃李が演じる小栗忠順に最期まで殉じた荒川祐蔵とは?渡米から処刑に至る36年:2ページ目
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最期まで主君に忠義を尽くす
かくして小栗家臣となった祐蔵は、いつしか荒川祐蔵と名乗ったそうです。荒川という苗字はどこから持ってきたのか、はっきりしません。
ともあれ何かと重宝されたらしく、小栗忠順が安政6年(1859年)から万延元年(1860年)にかけて日米修好通商条約の批准書を交換するために渡米すると、祐蔵もこれに従いました。
アメリカではジェームズ・ブキャナン大統領に謁見する機会に恵まれ、記念として銅牌(楯)をもらったそうです。これは後に江幡家に伝わりました。
その後も小栗忠順の活躍を支えるために日々奮闘しますが、慶応4年(1868年)に戊辰戦争が勃発すると、徹底抗戦を主張する忠順が幕職を罷免されてしまいます。
やむなく所領の上野国権田村(群馬県高崎市)へ移住した忠順に、祐蔵もつき従いました。
十数年にわたって奉公した絆ゆえだったのか、あるいは他に行くところがなかったから、仕方なくついて行ったのでしょうか。
このまま穏やかに暮らせたらよかったのですが、幕末維新の風雲は、彼らを見逃してはくれませんでした。
やがて閏4月になると新政府軍の残党狩りがやって来て、小栗主従は捕らわれてしまいます。
そして閏4月6日、祐蔵は主君ともども水沼河原で処刑されてしまったのでした。享年36歳。
荒川祐蔵・基本データ
- 生没:天保3年(1832年)生~慶応4年(1868年)閏4月6日没
- 出生:常陸国下吉影村(茨城県小美玉市)
- 実父:江幡昭眉(酒造業、俳人)
- 義父:富田忠蔵(笠間藩士)
- 改名:江幡尚賢→富田泉蔵→荒川祐蔵
- 主君:小栗忠順
- 死没:上野国権田村(群馬県高崎市)
- 死因:斬首(新政府軍による処刑)
終わりに
今回は小栗忠順に仕えた荒川祐蔵の生涯をたどってきました。
大河ドラマ「逆賊の幕臣」では、小栗忠順との出会いや主従の絆、そして最期が見どころとなるでしょう。
果たしてどんな生き様を魅せてくれるのか、楽しみにしています。
※大河ドラマ関連:
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※参考文献:
- 井坂教『小川町のあゆみ』あけぼの印刷社、1968年
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