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朝ドラ「風、薫る」チュウの意外すぎる史実!新宿中村屋創業者・相馬愛蔵とりんのモデル・大関和を結んだ生涯の絆

朝ドラ「風、薫る」チュウの意外すぎる史実!新宿中村屋創業者・相馬愛蔵とりんのモデル・大関和を結んだ生涯の絆:4ページ目

愛蔵から和の話を聞かされて会いたがっていた尚江

尚江は愛蔵から「大関和は信頼できる婦人」だと聞かされていたので、和と会ってみたかったそうです。

その後、尚江と和は手紙のやりとりをした程度でした。けれども、愛蔵から尚江が恐喝取材罪で逮捕・収監されたと聞き和は差し入れに通います。二人は親しくなり、尚江は出獄間近に和に結婚を申し込みました。

尚江は愛蔵にそれを報告をしますが、愛蔵は大反対します。

「和が社会的な地位を築いているのに対し、尚江は11歳年下で社会的に独り立ちしていない」こと、「尚江は廃娼運動をしているのに遊郭通いをして女郎を身請け。その後何の責任も果たさなかった」ことが理由でした。

女性遍歴に問題ありな尚江を恩人の和に紹介してしまった愛蔵は後悔し、自分が調査して判明した尚江の女性関係を包み隠さずに書き「到底賛成できない」と真摯な手紙を和に出します。

和はその誠実な手紙に心を打たれ尚江への気持ちは醒め、愛蔵に心からの感謝の手紙を書いたそうです。

和は、一時的な結婚への夢を断ち切ると、東京看護婦会の仕事の傍ら『看護派出心得』を出版、後進を育てつつ派出看護を行ったり、貧民窟の衛生管理に尽力し伝染病の発生率を下げたり救済活動を行なったりなど、目覚ましい活躍をしていきました。

もし社会的な運動で飛び回る尚江と結婚したら、和は看護の仕事に没頭できなかったかも。また結婚後に夫の遊郭遊びの件を知ったら悩んだことでしょう。愛蔵の判断は正しかったと思います。

和も愛蔵への恩は忘れませんでした。

明治34年(1901)に愛蔵が「中村屋」を始めたころ、和は相馬夫妻の激励に駆けつけ、帝大病院内でパンが売れるように取り計らったとか。

32歳だった愛蔵は、変わらない和の思いやりや愛情深さにさらに深い感謝を寄せたといいます。

「多くを得た分だけ多くを与えた人間愛に溢れた人」

大正12年(1923)9月1日、関東大震災が襲ったとき、震災に便乗してすべての食料品が軒並み値上がりしていきました。

被災を免れた中村屋は、パンや菓子を定価より安く販売。社員一同毎晩徹夜でパンなどの製造を続けました。この姿勢に感動した人々は多く、震災後の売り上げは大きく伸びたそうです。

さらに1927年昭和金融恐慌時、銀行に取り付け騒ぎが起き、取引先の安田銀行に預金を確保しようとする人の列が出来たそう。

愛蔵は部下に金庫の有り金を全て持たせて駆け付けさせて、「中村屋ですがお預け!」と大声を出して群衆のパニックを収めたそうです。

『多くを得た分だけ、多くを与えた人間愛に溢れた人』といわれた相馬愛蔵。

現代にもこのような商売人がいて欲しいと思うような魅力的な人物ですね。

ドラマでは、長屋の人々に愛されているチュウ。りんの娘・環の面倒も見ているようです。人当たりもよく親切なチュウは、確かに新時代を迎えた明治の商売人に向いていそうな感じ。

今後、相馬愛蔵のような偉大な商売人になる過程や、長く続くりんとの絆はどう描かれていくのか楽しみです。

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参考:

田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
亀山美知子『大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語』
相馬愛蔵『一商人として ―所信と体験―』

 

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