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朝ドラ「風、薫る」チュウの意外すぎる史実!新宿中村屋創業者・相馬愛蔵とりんのモデル・大関和を結んだ生涯の絆

朝ドラ「風、薫る」チュウの意外すぎる史実!新宿中村屋創業者・相馬愛蔵とりんのモデル・大関和を結んだ生涯の絆:3ページ目

「お世辞を排し良い商品を廉価で販売する」を貫く

ドラマでは、チュウは退院後に直美が住んでいた長屋を紹介され引っ越し、さらに皆が愛用する団子屋『田之上屋』に務めます。

そして、団子屋の主人が病気を機に引退し店を引き継ぎました。もともと甘いもの好きだったチュウは「喜んでもらえるお菓子をひらめいていた」様子でした。クリームパンは、チュウの新作としてドラマ内に登場するのでしょうか。

史実での愛蔵の機転や発想力を物語るエピソードがあります。

商品の売れ行きも上々の中、あるとき赤飯の大量発注後にキャンセルされてしまいます。そこで、「一石五斗の水に浸したもち米」の始末に困った愛蔵は、もち米を潰して桜色をつけて餡を入れ桜の葉に包み『新菓葉桜餅』を販売したところ大ヒットしたそうです。

明治40年(1970)には店舗を新宿に移転。愛蔵は、パンのほかにも和菓子やラスクなどを売り出し、大正に入ると洋菓子の販売も始めます。

大正4年には、インドの亡命志士ラス・ビハリ・ボースをかくまい、長女が結婚した縁で昭和2年には喫茶部を開設し『純印度式カリー・ライス』を販売し大評判となりました。

さらに、店を拡大し店員のマナーやモラル向上のために研成学院を設立。生涯、商人として「無意味なお世辞を排し良い商品を廉価で販売する」を貫き通したそうです。

和と女性関係に問題ある木下尚江との結婚を阻止

さて、史実でも明治23年11月に、りんのモデル・大関和は帝国大学医科大学附属第一病院を退職し、越後高田の女学校寄宿舎の舎監として赴任します。

退職の理由は、「看護師になりたいと勉強に励む看病婦」たちの待遇改善を病院側が受け入れず、和が建議申し立てを行い男性医師らの反発を招いたこと。

優秀ながら「目の上のたんこぶ」だった和を解雇に追いんだ病院側ですが、案の定、和の退職後は新聞に「第一病院の看護の質が低くなった」と投書が載り、慌てて改善をはかったそうです。

高田女学校に転職した和のところに、ある日愛蔵が訪ねてきます。そして、和は社会運動家・作家の木下尚江と出会いました。

木下尚江は「風、薫る」のドラマに登場するシマケンこと島田健次郎(佐野昌哉)のモデルの一人かも?とも推測される人物。

尚江と愛蔵は、同じ旧制松本中学校出身で、東京専門学校の先輩後輩関係だったのです。

4ページ目 愛蔵から和の話を聞かされて会いたがっていた尚江

 

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