『豊臣兄弟!』また“弟”に裏切られるのか…織田信長と浅井長政の絆を狂わせた絶望の謀反を考察:2ページ目
本音を漏らす信長
今回、信長は、近江・常楽寺で相撲会を催しました。
ちなみに、史実でも「三度の飯よりも相撲が好き」といわれていた信長。JR安土駅に設置された力士像の石碑には、「元亀元年(1570)3月1日、信長が近江国中から相撲取りを集めて常楽寺で相応大会を行った」旨が刻まれています。
安土城築城後は、天正6年(1578)〜天正9年(1581)にかけて毎年相撲大会を催していたそうです。
ドラマでは、信長が長政と相撲を取り「お主、手を抜いたろう!」といちゃもんをつけて、何度も投げ飛ばします。こんなに心の底から楽しそうな信長、初めてみました。
「手など抜いておりませぬ!」と、倒されても起き上がり愚直なまでに向かってくる長政に、誠実さや真摯さを感じ「この男は信頼できる」と思ったのではないでしょうか。
「とうとうワシには勝てんかったのう」という信長に、擦り傷を作りボロボロに疲れ果てた長政は「だから、私は始めから手加減などしておりません!」と怒るのですが、「まあそう怒るな」という信長。
「つい楽しくての。またこうして『弟』と相撲が取れるとは」と。この信長の『弟』という言葉は、悲劇へのフラグ。
握り飯にかぶりつく長政の姿に、昔子供の頃悪さをして庭に縛られているとき、弟の信勝が握り飯を食べさせてくれたことを思い出す信長。
くったくのない長政に、ただひたすら自分を慕っていた幼い信勝の姿が重なるのでしょう。過去失った「弟の信頼と命」が、再びこの手に蘇った……二度と取り戻すことのできないものを取り戻せた感慨はいかばかりだったことか。

