朝ドラ「風、薫る」槇村宗一の実在モデルと結婚…りんの妹・安(早坂美海)のモデル大関釛の生涯
朝ドラ「風、薫る」第8週39話で、瑞穂屋にやってきた島田健次郎(佐野昌哉)の友達である槇村太一(林裕太)の兄・槇村宗一(上杉柊平)を見て、どうやら一目惚れした様子だった、りん(見上愛)の妹・安(早坂美海)。
主人公・りんのモデルは大関和ですが、実際に和には妹がおり、その人物が、今回紹介する大関釛(こく)です。釛は、黒羽藩家老・大関弾右衛門の三女として誕生。本来であれば、家老の娘として何不自由ない暮らしができるはずでした。
しかし激動の幕末を経て、世情は一変。父・弾右衛門は家老職を辞して帰農に失敗して、一家は東京に出ることになります。
長じたのち、釛は地元の男性と結婚。再び東京に出たことで、今度は姉・和の看護の道を支える立場となりました。
大関釛の生涯を見ていきましょう。
※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。
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激動の幕末!そのとき一家は…
慶応2(1866)年、大関釛は黒羽藩の家老・大関弾右衛門増虎と妻・哲の三女として生まれました。父・弾右衛門は黒羽藩の藩主一族に繋がる家柄で、母は烏山藩主・大久保家と血脈がつながっていました。いわば江戸時代においても、相当に家柄に恵まれた環境です。
そのままの時代が続けば、名門の家に嫁いで良い暮らしが出来る…誰もがそう思っていました。
しかし時代はすぐに暗転します。
慶応3(1867)年10月、将軍・徳川慶喜が朝廷に政権を返上(大政奉還)。江戸幕府の時代は終わりを告げました。同年12月には、黒羽藩主・大関増裕が死去。一説には明治新政府に従う道を拒んでの結末だったとも言います。
翌年、父・弾右衛門は家老職を辞任。明治政府に仕えて吏僚となる道を捨て、帰農する道を選びます。しかし帰農に失敗したことで一家は上京。新たな生活を歩み始めます。
ドラマでは、一家は4人暮らしでした。しかしモデルとなった一家は、実際はきょうだいだけでも姉の八千代、和、兄の復彦(ふくひこ)、衝(とおる)がいました。釛はきょうだいの末子にあたります。
しかしここで、またしも一家には試練が訪れました。明治9(1876)年、一家の大黒柱である弾右衛門が病没。流行病を得ての突然のことでした。
同年、姉・和が渡辺福之進豊綱と結婚。しかし結婚生活はわずか4年ほどで破綻してしまいました。
2ページ目 姉の看護学校入学!そのとき家族を支えたのが釛だった




