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【豊臣兄弟!】信長に降伏するも改易・切腹…足利義昭に忠義を尽くした三淵藤英(味方良介)の悲劇的な最期

【豊臣兄弟!】信長に降伏するも改易・切腹…足利義昭に忠義を尽くした三淵藤英(味方良介)の悲劇的な最期

足利義昭(尾上右近)の側近として登場した三淵藤英(味方良介)。

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、武田信玄(高嶋政伸)に決起を促す密使として描かれたのが最後でした。

しかし史実の藤英は、その後も義昭に従い、信長との対立へと進んでいきます。

しかも、異母兄弟の細川藤孝(亀田佳明)は信長側へ。主君への忠義か、時代を読むか――兄弟の道は大きく分かれました。

今回は、室町幕府の終わりに翻弄された三淵藤英の生涯をたどります。

義昭上洛まで

三淵藤英は生年不詳、三淵晴員(はるかず)とその正室・養源院(ようげんいん)の間に生まれました(異説あり)。同じく足利義昭の側近として活躍する細川藤孝(亀田佳明)は異母兄弟に当たります。

元服して通称を弥四郎(やしろう)または弾正左衛門尉(だんじょうざゑもんのじょう)と名乗り、諱ははじめ三淵藤之(ふじゆき)、永禄5~9年(1562~1566年)ごろに藤英と改名しました。

その後は第13代将軍・足利義輝に御部屋衆として仕えますが、永禄5年(1562年)に伊勢貞孝(いせ さだたか)が足利将軍家を牛耳っていた三好長慶(みよし ちょうけい)を討つため挙兵するも敗死。藤英は何らかの関与があったのか、しばらく姿を消します。

やがて永禄8年(1565年)に義輝が三好三人衆(三好宗渭・三好長逸・石成友通)らに暗殺されると姿を現し、義輝の弟(当時は僧侶)で監禁状態にあった義昭を和田惟政(玉置孝匡)らと一緒に救出しました。

その後は三好三人衆らが担ぎ上げた第14代将軍・足利義栄(よしひで)から政権を奪取すべく、積極的に軍事行動なども行っていますが、あまり芳しい成果はなかったようです。

ともあれ義昭と共に各地を流転した末に、織田信長(小栗旬)の後ろ盾を得て京都へと舞い戻りました。

2ページ目 信長に降伏

 

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