【豊臣兄弟!】信長に降伏するも改易・切腹…足利義昭に忠義を尽くした三淵藤英(味方良介)の悲劇的な最期:3ページ目
終わりに
【三淵藤英・略年表】
- 時期不詳 誕生
- 天文3年(1534年) 異母弟・細川藤孝が誕生
- 天文9年(1540年) 伯母・清光院の使者として鹿苑院を訪ねる(史料上の初出)
- 弘治4年(1558年) 足利義輝の家臣として朝廷の使者を取り次ぐ
- 永禄5年(1562年) 伊勢貞孝の挙兵失敗により姿を消す
- 永禄8年(1565年) 足利義昭に仕える
- 天正元年(1573年) 義昭が挙兵するも敗れ、信長に降伏する
- 天正2年(1574年) 改易・切腹
三淵藤英には秋豪の他にも三淵光行(みつゆき)・朽木昭貞(くつき あきさだ)・朽木昭知(あきとも)・朽木昭長(あきなが)らの子がおり、それぞれに命脈をつなぎます。
第18回放送「羽柴兄弟!」時点で天正3年(1575年)ですから、藤英は既に世を去っていたのでした。
京都から追放された後も義昭はしぶとく抵抗を続けるのですが、藤英は草葉の陰から応援していたのかもしれません。
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※参考文献:
- 金子拓『織田信長権力論』吉川弘文館、2015年4月
- 谷口克広『信長と将軍義昭』中央公論新社、2014年8月


