朝ドラ『風、薫る』学問を武器に!日本初の看護婦学校を作った実在人物、大山捨松(多部未華子)の激動の生涯
3月末から始まった、NHK朝の連続ドラマ小説『風、薫る』。
日本初の「看護婦」への道を切り拓く一ノ瀬りん(見上愛)と大塚直美(上坂樹里)の物語ですが、日本初の看護婦学校を設立した実在の人物で、『鹿鳴館の華』と呼ばれた大山捨松(おおやますてまつ/多部未華子)も登場します。
華やかなオーラを放ち、当時最先端の西洋文化や知識、考え方を身に付けていた型破りな女性、捨松。
この人も、一ノ瀬りんの父・ 信右衛門(北村一輝)の言葉のように、自分の学んだ知識を『世を渡る翼、身を守る刀』にした生涯でした。
※現代では「看護師」と呼びますが、この記事内では、ドラマの明治時代の設定に合わせて「看護婦」としています。
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武士の娘から米国へ留学する女子学生に
大山捨松は、安政7年(1860)2月24日に会津で誕生しました。本名は山川咲子といいます。
父親は会津藩の国家老・山川尚江重固でしたが咲子が生まれる前に亡くなり、祖父が親代わりとして育てました。
8歳の時に戊辰戦争が勃発。会津は旧幕府側だったので薩長の新政府軍に攻め込まれ、幼い咲子も傷を負うなど戦争の修羅場を体験したのでした。
この会津戦争で一家の運命は大きく変ります。咲子は、坂本龍馬の従兄弟でハリストス正教会の日本人初の司祭・沢辺琢磨のもとに里子に出されました。さらに、その紹介でフランス人の家庭に引き取られたり、一時はアメリカ人宣教師に預けられたりしながら育ったそうです。
その後、新政府がアメリカへの留学生を募集するようになります。山川家では、外国人の家庭で育ち西洋式の生活習慣にも慣れていた咲子を応募させました。咲子はまだ11歳でしたが試験に合格。
このとき、母・えんは「今生で二度と会えるとは思わない。けれども『捨てた』つもりでお前の帰りを『松』」と言い、「捨松」と改名させたのでした。




