朝ドラ「風、薫る」孫娘との悲しい別れを経験…りんの母・美津(水野美紀)のモデル、大関哲の生涯
朝ドラ「風、薫る」で、りんの母・美津(水野美紀)の存在が気になっている人も多いのではないでしょうか。この美津の実在モデルは、大関和(ヒロイン・りんのモデル)の母・大関哲です。
哲は、激しく移り変わる時代の中で、夫を失い、娘の再出発を支え、さらに孫たちの成長を見守った女性でした。
華やかな家に生まれながら、その人生は決して平穏なものではありません。家族を守り続けた先に、あまりにもつらい別れも待っていました。
りんの母のモデルは、どんな人生を歩んだのか。今回は、大関哲の生涯をたどります。
※朝ドラ「風、薫る」実在モデル紹介記事
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まさにお姫様!烏山藩主の血を引く哲
哲は、下野国烏山藩の藩士の娘として生を受けたと伝わります。実は哲、烏山藩の藩主・大久保家の血を引く家に生まれていました。
大久保家は、もとはといえば三河以来の名門。徳川家康に古くから仕えてきた名門中の名門一族です。当然、哲はその血筋を誇りに思っていたでしょうし、自身の在り方についてこうあるべきと思っていたはずです。
長じた哲は、同じ下野国黒羽藩の家老・大関弾右衛門と結婚。二人の間に生まれたのが、次女・和と三女・釛(一ノ瀬安のモデル)でした。
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大関家の家禄は200石。天下泰平の時代であれば、何不自由のない恵まれた暮らしを送れたはずでした。しかし時代の変転は突如として訪れます。
慶応3(1867)年10月、将軍・徳川慶喜が朝廷に政権を返上(大政奉還)。260年以上続いた徳川幕府の時代は終わりを告げました。
黒羽藩においては、12月に藩主・大関増裕が死去。薩摩と長州の新政府に協力することを拒んでの自害だったとも伝わります。
哲の夫で家老の弾右衛門は、翌慶応4(1868)年3月に職を辞して帰農。同年には元号は明治となり、日本は新時代を迎えます。
一家は帰農を試みますが失敗。上京して生活環境を変えようと奔走していました。しかし明治9(1876)年、夫・弾右衛門が流行病を得て病没。50歳という若さでのことでした。
大黒柱を失った大関家は、哲と娘たちに託されていきます。



