出初式が1月6日に固定された理由──江戸時代「明暦の大火」まで遡るその歴史と心意気
お正月の恒例行事と言えば、消防出初式(しょうぼう でぞめしき)を連想する方も少なくありません。
消防出初式の日程は自治体によって異なりますが、多くの自治体では1月6日、平日でも固定で実施するところが少なくないようです。
なぜ消防出初式は1月6日に固定されているのでしょうか。今回は消防出初式がなぜ1月6日に行われるようになったのか、その歴史をひもといてみたいと思います。
大火から復興する心意気を示す
消防出初式の始まりは江戸時代初期の万治2年(1659年)。明暦3年(1657年)の大火によって江戸市中が焼け野原となり、人々が苦しい生活を強いられていた中でした。
明暦の大火…俗に言う「振袖火事」は武家の失火?はたまた都市計画のために幕府が仕向けたもの?
江戸時代は明暦の頃、ある商人の娘に「おきく」という子がいました。その娘が花見の時に見かけた際、ある若者に一目惚れをします。彼女は彼が着ていた着物に似せて振袖を作りますが、間もなく恋の病に臥せったまま1…
老中・稲葉正則(いなば まさのり)は「こんな時だからこそ、気勢を上げて復興の活力を湧き起こさねばならぬ」とばかり、定火消(じょうびけし。常設消防隊)4部隊を率いて上野東照宮へ赴きます。
「東照大権現もご照覧あれ」と出初を行ったのが1月4日。どんな苦境にあっても、御公儀は決して民衆を見捨てないというメッセージを受けて、江戸庶民は希望を取り戻したことでしょう。
以来、定火消による出初式は毎年の恒例となり、1月4日に上野東照宮で行われるようになったのです。
時は下って享保3年(1718年)に町火消(まちびけし。民間消防隊)が創設されると、定火消の心意気に負けじと1月4日に初出(はつで)を行います。定火消の出初と区別するためにこう呼びました。
町火消は大工や鳶職人などが多く参加していたので、各人の技量や度胸をアピールするはしご乗りや、景気づけの木遣唄(きやりうた)など賑やかに盛り上げます。
現代の消防出初式でも、はしご乗りや木遣唄を楽しまれているのではないでしょうか。
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