『豊臣兄弟!』成功しても褒められない…地味で控えめな「裏方」だった豊臣秀長が兄の陰で発揮していた実力
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で話題沸騰中の豊臣秀長。彼は兄の秀吉を支えた「裏方」として語られることが多いのですが、実際には、武士としても戦場でその能力を発揮していました。
しかし、力を発揮していたのが兄の秀吉と一緒であるシーンが多いだけに、派手で目立ちやすい兄の陰にどうしても隠れがちでした。
まず、兄の秀吉が信長軍の中で頭角を現したのは、有名な墨俣一夜城の築城以降であり、浅井と朝倉を破った功績で北近江三郡を与えられた頃です。
この時期の秀吉を支えた四人衆の筆頭が秀長で、総務や兵站を担当して組織の根幹を固めていました。
兵站とは戦に必要な食料や武器を必要な場所へ届ける仕事で、戦場の華やかさとは無縁の、まさに「裏方」ですが勝敗を左右する重要な役割でもあります。なにせ物資が届かなければ兵は動けず、武器がなければ戦えません。
しかも兵站は成功しても誉められず、失敗すれば激しい叱責を受けるという厳しい仕事でした。これは想像ですが、誰もやりたがらなかったのではないでしょうか。
しかし秀長は、この地味な分野で抜群の能力を発揮し、秀吉軍の運営を安定させます。これを皮切りに、彼はやがて前線でも驚くべき実力を見せることになります。
