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江戸時代に琉球を経て日本にやってきたサツマイモ、江戸っ子にも大人気でした

江戸時代に琉球を経て日本にやってきたサツマイモ、江戸っ子にも大人気でした

甘いおやつは今でも女性や子供の好物ですが、それは江戸時代も同じこと。現在のようにスナック菓子がない時代なので、焼き芋は老若男女が好んで食べていました。

そもそも当初甘藷と呼ばれていたサツマイモが、原産地とされる中南米から中国、琉球を経て日本にやってきたのは慶長2年(1597)年のこと。

当時、宮古島の村役人であった長真氏旨屋という人物が、宮古島を支配下に置いていた琉球王国への帰路の途中、中国に漂着。このときに宮古島へ苗を持ち帰ったものが、1698年(元禄11年)3月、種子島に伝わったとされています。

その際、当時の領主だった種子島久基(種子島氏第19代当主)が救荒作物として関心を寄せ、琉球王より一籠の寄贈を受けて、栽培をさせました。甘藷は、その後薩摩全域で栽培されるようになり、サツマイモと呼ばれるようになりました。

サツマイモは、水をあまり必要としないために干ばつに強く、肥料や農薬も少なくて済み、雑草の発生を抑え、収穫期が長く、大量に獲れます。

2ページ目 食事の代用食として江戸っ子たちに人気

 

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