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- No.33最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話
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最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話:4ページ目
みつは全てを見透おしているかのように、とろけるほどの優しい笑みをし、すうっと国芳の腕の中から抜け出した。
「あたし、もう行かなきゃ。お母はんが待ってくれてるの・・・・・・」
「めえの、おっ母さんが?」
うん、と少し嬉しそうにみつは微笑んだ。
「待て。これを」、
国芳は抱えていた仕掛を差し出した。
「これを、羽織っていけ。わっちが染めた・・・・・・」
「国芳はん」、
出逢った時のままの、少女のような澄んだ声が、国芳の胸にすとんと落ちる。
「ありがとう」。
みつは国芳の染めた黒龍の仕掛を肩から羽織った。
「綺麗だ。おみつ、本当に綺麗だよ・・・・・・」
涙と洟を散らして褒める国芳に、みつは淡く微笑んだ。そして龍のうねる背を向け、振り返る事なく川の彼方へするすると進み始めた。
国芳は思わず手を伸ばして叫んだ。
行くな。
行くんじゃねエ。
「待っつくれ」、
行くな。
おみつ!
国芳は欄干から身を乗り出した。
「行くな!」
行くんじゃねえ。
わっちを一人にするのか。
もうちっとでいい。
もうちっとでいいから、傍にいておくれ・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
どれほどか、時間が経った。
「兄さん!」
一人の少年が、橋に向かって叫びながらパタパタと駆けてきた。
欄干から身を乗り出していた国芳は一気に意識を引き戻されるようにゆっくりと声の方に顔を向けた。
目が合った瞬間、天から舞い降りたような美しい少年が円(つぶ)らかな目を更にまん丸にして国芳に縋り付いた。
「兄さん、大丈夫ですか!」
「・・・・・・。」
「あたし、そこの船宿の者です。たまたま二階から窓の外を見て、兄さんを見つけたんです。あの、邪推ですけど、飛び込もうとしてるんじゃないかって・・・・・・」
「・・・・・・。」
「あの、」
・・・・・・
「なアに、心配ねえさ」、
国芳はおろおろと狼狽する少年の身体を振り払った。そしてひらりと欄干から身体を離し、
「わっちゃア、生きる」。
「・・・・・・・」
「生きる」、と言った国芳を黙って見つめる少年の瞳は、よく見るとけぶるような幽玄の薄墨色であった。
その事に気がつくと、国芳は袂から唐突に真赤な冬椿を一枝、少年の前に差し出した。袂に入れていたために少し萎れてしまっている。
「この花、めえには何色に見える?」
「え?」
少年は透けるほど白い手を差し出し、それを受け取った。
「・・・・・・赤」
少年が不思議そうに答えた瞬間に、国芳はふはっと力が抜けたように笑った。何故だか、涙が滲んだ。
「そうか」、
「赤に見えるか」。
「綺麗な、濃赤です」
「・・・・・・そうか」
よかった。・・・・・・
そう言った国芳の胸にじんわりと微温(ぬる)い失望と安堵が広がった。
国芳は目尻の滴を払うと、
「それ、めえにやるよ」
花を差し出し、口もとを歪めて微笑(わら)った。
「え?誰かにあげるんじゃ・・・・・・」
国芳は首を横に振った。
「逆だ。わっちの大事な人から貰った。めえはそいつによッく似てやがるから、わっちの代わりに受け取っちくれ」
「そんなら、あたしが大事にします」
少年は、赤い椿を手のひらに受け取り、にっこりした。
その時、空からふわり。
白いものが落ちてきて、肌の上でじわっと溶けた。
「雪だ」。・・・・・・
国芳は手のひらを上に向けて、言った。
「兄さん、よければ今夜はあたしの部屋にお上がんなさい。正月は、泊まる人も居なくて。お代なぞ要りませんから」
「・・・・・・。」
男は一瞬躊躇(ためら)ったが、頷いて少年の後に従った。
船宿八幡屋の前まで来ると少年が暖簾を分け、その向こうに二人は見えなくなった。
空気が凛と澄んで、天から花の舞い降りる、それは美しい雪夜であった。
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