朝ドラ『ブラッサム』元夫の弟と同棲&3度の結婚!ヒロイン葉野珠(石橋静香)のモデル・宇野千代の生涯【前編】:2ページ目
失意の底にあった千代に新たな出会い
失意の底にあった千代ですが、すぐにまた出会いが訪れます。
故郷に帰省していた藤村忠(前夫・藤村亮一の弟)と知り合い、京都の知恩院の塔頭にある小部屋で同棲。翌大正6(1917)年に忠の東京帝国法科大学(現在の東京大学法学部)入学に合わせて上京します。
東京で最初に住んだ場所はは、浅草にある前夫・藤村亮一が恋人と住む部屋でした。
当然、すぐに千代は別の場所へと移転。湯島天満宮の裏や小石川の髪結い床の2回を転々とします。
千代は東京にいる間、持ち前の生活力を発揮。
中国人の日本語教師や写真モデルをする傍ら、懸賞小説で賞金を得るなどしています。
特に人生を変えたのは、本郷の高級洋食店「燕楽軒」でのアルバイトでした。
同店には文豪の菊池寛や芥川龍之介らが出入りしており、千代は彼らと知り合い、影響を受けていくのです。
千代は人生を転機を迎えることとなります。
大正8(1919)年8月、同棲していた忠が大学を卒業。千代は忠との再婚を果たしました。
翌大正9(1920)年、千代は忠の北海道開拓銀行札幌支店への就職に伴って転居。同地で仕立ての請負などを始めます。
大正10(1921)年、千代が応募した短編小説『脂粉の顔』が『時事新報』の懸賞で一等当選。千代は賞金200円を獲得し、小説家としてデビューを果たしました。
これ以降、千代は本格的に執筆活動に取り組んでいくこととなります。
千代は『中央公論』の編集長・滝田樗陰に新しい原稿を送付。樗陰は燕楽軒の常連客で顔見知りでした。
一向に連絡がないため、千代は翌大正11(1922)年4月に上京。すでに原稿が本誌で掲載されていたことを知り驚愕します。
しかも原稿料366円という大金を受け取り、そのまま岩国の実家に帰郷して母・リュウらにその一部を渡しています。
