手洗いしっかりしよう!Japaaan

【豊臣兄弟!】秀吉vs勝家「賤ヶ岳の戦い」お市を自刃に追い込んだ1年におよぶ調略合戦の全貌

【豊臣兄弟!】秀吉vs勝家「賤ヶ岳の戦い」お市を自刃に追い込んだ1年におよぶ調略合戦の全貌:3ページ目

天正11年(1583年)ついに決着!

勝家らは越前の北ノ庄城へ逃げ帰りますが、4月23日には秀吉の大軍に包囲されてしまいます。

そして4月24日に勝家やお市らは自刃して果て、織田家筆頭家老を務めた柴田家は滅亡しました。

翌4月25日には秀吉が輝元に対して戦勝を報告し、これは暗に服属を迫る意味が込められています。

また岐阜城に立て篭もっていた信孝も降伏し、4月29日に自害させました。

かくして近江・美濃の戦線を制圧した秀吉に残された課題は、いまだ抵抗を続けている伊勢の滝川一益のみとなります。

もはや孤立無援となった一益は7月まで徹底抗戦したものの、ついに刀折れ矢尽きて降伏しました。

命まではとられず、出家の上で改易(所領の全没収)、追放されたということです。

終わりに

今回は賤ヶ岳の戦いについて、その流れを駆け足で紹介してきました。呉越同舟の宿敵であった柴田勝家を滅ぼし、もはや織田家中に秀吉の敵はいません。

しかしまだまだ各地に強豪は残っており、天下一統の道はまだまだ続くのでした。

果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、これらの名場面がどのようにアレンジされていくのか、楽しみにしています。

※関連記事:

【豊臣兄弟!】利家の裏切りではなく“勝家の愛”を描いた第32回『賤ヶ岳の決闘』を史実と共に考察

「約束しろ!…この日のもと中に、ずっと雪を降らせろ」「親父殿」と呼ぶほど敬愛する柴田勝家(山口馬木也)と袂を分ち、羽柴秀吉(池松壮亮)に仕える決断をした前田利家(大東俊介)。柴田軍から…

『豊臣兄弟!』千利休(吉岡秀隆)ついに登場!なぜ信長や秀吉は「茶の湯」にここまで傾倒したのか?

日本にお茶がもたらされたのは、奈良・平安時代とされ、遣唐使や留学僧によって伝えられたものと考えられています。やがてお茶は禅宗と結びつき、さらに豪商や大名ら武士の間で茶の湯として独自の発展を遂げ…

【豊臣兄弟!】利家はなぜ勝家を裏切った?中川清秀の描かれ方に疑問…史実をもとに第32回放送の考察

「わしは天下人になる。新しき世を共に作ろう」羽柴秀吉(池松壮亮)の調略を受け、葛藤を抱えていた前田利家(大東駿介)は、柴田勝家(山口馬木也)に天下人を目指すよう求めました。しかし勝家は…

※参考文献:

  • 『歴史群像シリーズ 15賎ヶ岳の戦い―秀吉VS勝家覇権獲得への死闘』学習研究社、1989年12月
  • 池上裕子ら『クロニック戦国全史』講談社、1995年12月
  • 高柳光寿『戦史ドキュメント 賤ヶ岳の戦い』学習研究社、2001年1月
 

RELATED 関連する記事