朝ドラ『ブラッサム』28歳差再婚に強引な縁談…珠の父・葉野清治(渡部篤郎)のモデル・宇野俊次の生涯
朝ドラ『ブラッサム』には、魅力的な人物が数多く登場します。ヒロイン・珠の父で、岩国の蔵元に生まれながら家業を継がず、たちに厳しく接する葉野清治もその一人です。
この清治のモデルとなったのが、宇野千代の父・宇野俊次(としつぐ)です。
俊次は造り酒屋の次男として生まれ、何不自由なく育ちます。やがて最愛の妻に先立たれ、後妻リュウを貰います。
先妻との娘・千代を育てることに難儀して一時は実家に預けるものの、同居を開始。やがて成長した千代に先妻の甥っ子と結婚することを命じます。
そしてその決断が千代と日本文芸史の転換点となるのでした。
俊次はどのように生き、どのように過ごし、どう生きたのでしょうか。
宇野俊次の生涯について見ていきましょう。
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高森の造り酒屋の次男として出生し、川西で家庭を持つが…
安政2(1855)年7月29日、宇野俊次は周防国玖珂郡高森村で、宇野茂吉とシンの次男として生を受けました。
宇野家は代々造り酒屋を営み、地域で「分限者」と呼ばれる資産家です。俊次は次男ですから宇野本家を告げる立場ではありませんでした。
そして明治になると、酒造業は転換期を迎えます。
酒造免許と酒税による納税を伴う近代的な経営へ移っていきました。当然、家業の継承は本家の当主に集中します。
明治30(1897)年11月28日、42歳となっていた俊次と妻・トモ24歳の間に長女・千代が生まれました。のちの作家・宇野千代の誕生です。
しかし明治32(1899)年7月13日、トモが肺結核で病没。このため千代は一時、高森村の宇野本家に預けられました。
失意にあったであろう俊次ですが、周囲からの勧めもあったのか再婚を決意します。
明治33(1900)年5月、俊次は佐伯リュウと再婚。俊次45歳に対し、新妻のリュウは17歳でした。
再婚した二人の間には薫、鴻、勝子、光雄、文雄の4男1女が誕生。千代とを合わせて6人の子供の父として、家長として、俊次は家の中心にいました。
リュウは、実子ではない千代を大事に養育。長女であることを重んじて、美味しいものや風呂の順番を優先させました。
俊次の第二の結婚生活は、いわばリュウによって支えられていたのです。



